第三章 メインヒロインは挫けない

第三十二話 学園生活初日~初日から問題を起こすまでがテンプレート~



 クロスとの邂逅から、更に月日が流れた。



 国王陛下やハルとの親交も変わらずだし。

 公爵夫妻を始めとした屋敷の面々も相変わらずだ。


 いや、同僚のアルヴィンがお嬢様付きメイドのメイブルと結婚したか。

 メイブルが完全にアルヴィンを尻に敷き。

 早くも夫婦のパワーバランスがハッキリしている。


 メイブルからどんどん外堀を埋められて。

 包囲網に気づいてアルヴィンが俺を頼ってきたが。

 俺はあっさりと奴を裏切り、メイブル陣営に加わった。


 孤立無援を悟って、失意の底に叩き落とされたかのような……あの顔は未だによく覚えている。


 あの日のことを想像するだけで、今日も飯が美味い。


 公爵夫妻やエドワードさん。

 果てはマーガレット先生やメイド長にまで結婚コールを食らった男。


 もうここで結婚する以外に無いと観念し。

 メイブルに胸倉を掴まれながらのプロポーズを受け入れていた。


 いやはや、華やかでいい結婚式だった。




 それと対照的なのがリーゼロッテとハルだ。

 残念なことに、婚約式でひと悶着あった。


 王国北部で火山噴火が起き、冷夏による不作で大被害を被ったとかで。

 存外小規模な婚約式になったのだ。


 広く国民には周知されず。

 国内の高位貴族だけが集まり、王宮でお披露目会をやったくらいで終わりだった。


 お祝いで盛り上げよう。

 というには被害が大きすぎたので、自粛された結果である。



 まあ、北部の貴族は王家への忠誠心が低く、独立独歩の気風を持つ貴族が多いらしいので、これは仕方がない。


 「俺たちが苦しい思いをしているときに浮かれやがって」という、恨みの感情で反乱を起こされるくらいならば。

 数年待って結婚式の方を華やかにしようという判断だ。




 さて、現在俺は十八歳。

 リーゼロッテは十五歳になる。

 ある意味では、正念場を迎える年である。


 そう、今日が物語のスタート地点。

 入学式の日なのだから。


 今日のリーゼロッテは、白を基調とした高価そうな制服に身を包んでおり、きちんと化粧をして、身だしなみは完璧。

 見た目だけなら一端いっぱしのお嬢様に見える。


 鏡の前で最終チェックをしている、リーゼロッテの部屋の前では。



「うう、お嬢様……ご立派になられて」

「長かった……ようやく、ここまで……」



 と、家令のエドワードさんが号泣して、先輩執事のジョンソンさんが安堵の溜息を吐いている。


 鏡の前で大人しく髪をセットされているだけで、感涙するレベルの感動を生めるのだ。これは最早、一つの才能ではなかろうか。


 そんなことを考えていると。

 使用人の一人から、馬車と御者の用意ができたことを告げられた。



「お嬢様。馬車のご用意ができました」

「うん、こっちも準備オッケー! 今日から学校よ!」



 俺がこの屋敷に来てから随分と経つが、口調や行動は矯正不可能だった。

 リーゼロッテの前世では、「三つ子の魂百まで」と言うらしい。


 とうとう本人の口から開き直りのセリフが出てきてしまったので、そこはもう、「こういうものなのだ」と慣れるしかない。


 というか、もう慣れた。


 学園の生徒も最初は度肝を抜かれるだろうが。

 これには慣れてもらうしかないのだ。










 そして迎えた入学式。


 式の最中は使用人なども講堂の外で待機している。

 俺は他家の使用人たちの顔をぼんやりと眺めながら、講堂前広場の中心にあるバカみたいにデカい噴水の脇で突っ立っていた。


 来賓としてやって来た高そうな衣服を身に纏った貴族が、これまた高級そうな馬車で次々と乗り込んでいく様を、俺はただ淡々と見送り続ける。


 公爵夫妻は公務で来られないと言っていた。北方に領地を持つ貴族たちが連名で、よりにもよって今日。会合の予定をぶつけてきたらしい。


 怒髪天を衝く勢いで怒り。

 さりとて欠席することもできず。


 「いっそ滅ぼしてしまった方が……」などという不穏な呟きを――いや、俺は何も聞いていない。


 そういうわけで。

 今日は御者と俺が、二人で着いてきた。

 御者は馬車乗り場の方で待機しているので、俺一人で出待ちをしているところだ。



「今年は第一王子が入学されだけあって、盛況ですな」

「いやはやまったく。最近では殿下もすっかり逞しくなられたとか。まあ、王妃候補は……おっと、あちらにクライン家の方もいますな。これくらいにしておきましょう」



 俺はぼーっとしている。

 周りの政治的な雑談なんて、一切聞こえない。


 待機も仕事だというが、ここで休憩しているだけで給料が発生するのだ。

 ならば、出番が来るまで存分に待機させてもらおうじゃないか。

 と、俺は全力で気を抜いている。


 この後大一番が控えているから体力を温存したいし。

 たまには頭を空っぽにした方が、ストレスも溜まらないというものだ。


 あー、お日さまが気持ちいいねー。

 でもちょっと暑いかなー。

 誰もいなければ噴水で泳いでるところだなー。


 ……いや、本当に泳げるぞこれ。


 噴水の深さは俺の腕一本分くらいあるし、大きさは半径二十メートルほどだ。

 よくもまあこんな金のかかるものを作ったものだと感心する。



「そろそろいらっしゃるか……」

「顔は繋いでおかねばな」



 さて、こういった公式の場では身分の高い方が後に到着するのが暗黙の了解だ。

 今到着したのがガイウス侯爵家なので、そろそろハルも着く頃だろうか。


 何故リーゼロッテと一緒にいるはずの俺が、侯爵家の到着前から講堂前で待機しているのか。

 それは張り切って出かけたリーゼロッテが、伯爵家と同時くらいに会場入りしてしまったからだ。


 近くに来たら会場の集まり具合を確認して、入場するのにちょうどいいタイミングになるまで周囲をぐるぐるしているというお約束について。



『え? 時間の無駄でしょ? それに通行の邪魔になるわ』



 そう宣い、会場への突入を御者に命じたのだ。一介の御者が逆らえるわけも無く、俺たちが乗った馬車はあっさりと学園に到着した。


 そのため結局は、市民、騎士、準男爵、男爵、子爵、公爵・・、伯爵、侯爵の順で会場に着くことになった。


 息子を送りに来た伯爵家の当主らしき人物が。

 自分たちの前を走るクライン公爵家の馬車を見た瞬間。



『リ、リーゼロッテ様よりも先に、会場入りせよ!! 走れぇぇえええい!』



 と、これから入学するであろう息子へ向けて叫んだのを皮切りに、入り口で多少の混乱が起きた。


 ……本当に申し訳ないと思っている。


 リーゼロッテが会場入りした直後に到着した伯爵家ご令嬢などは、遠目でも分かるくらいに顔を青ざめさせていた。

 「お父様、お母様、娘の親不孝をお許しください」と言わんばかりの表情だった。


 本当にもう、気の毒で何も言えない。

 本当に済まない。


 後で菓子折りでも持っていくように手配しようか?

 いや、待てよ。別な意味・・・・に取られる可能性もある。


 帰ったらアルバート様に相談だな。

 と、要らない悩みがまた一つ増えた一幕である。


 俺がそんな回想をしている間に、周囲が俄かに騒がしくなってきた。



「おい、あれは!」

「来たぞ! 王族の馬車だ!」

「抜かるなよ。使用人同士で交流する機会を逃すな」



 ざわめきが、ぼんやりしていた俺の思考をクリアにさせる。



「さて、ハルがもうすぐ到着するってんなら……そろそろ俺の出番か」



 今日行われるはずの「入学式イベント」では、王族よりも遅れてやって来る子爵家のご令嬢がいる。

 それが誰かは、言うまでもない。



「ふふ、ふふふふ」



 さあ、タイミングとしてはハルが馬車から降りたタイミングだ。

 レッドカーペットが敷かれる中、第一王子が颯爽と会場入りする寸前に走ってくる少女がいるはずだ。


 俺は「どこかの貴族の意地悪な使用人」としてそいつをブロックして。



 王子様との出会いを、ぶち壊しにしてやんよ!



 と、目論んでいた。

 そのために、陰険そうに見える眼鏡をかけ、髪の毛を普段よりも大人しめにセットして変装済みだ。


 乙女ゲームをやらなくていいのか?

 いいんだ。これはイベントの範囲内なのだから。


 入学式に遅刻したことで、周囲のモブキャラから聞こえよがしに陰口を言われる描写がある。


 俺が堂々と・・・ヒロインの前に立ち、行く手を遮って・・・・・・・影口を言ったとして。

 それでタイムロスしてハルに出会えなかったとして、それは不慮の事故だ。


 クロスだって四六時中監視しているわけではないだろう。


 憧れの王子エールハルトへと続くルートには消滅してもらい、こちらは悠々と悪役ライフを満喫させてもらう算段だ。


 これが、俺がこの日のために立てた作戦の一つ。


 イベントの流れに則りながら、ハルに関係する重要なイベントだけこっそり潰す。

 意地でもヒロインを近づけさせない作戦である。




 そして馬車が停まり、レッドカーペットが敷かれる中をハルが降りてくる。


 王族専用だという真っ赤な式典用マントは、肩当の部分だけが白い染料と金で装飾されており。

 これまた王族専用の白い制服と学生帽には、記章がいくつか縫い付けられていた。


 ザ・白馬の王子様だ。


 普通の男子生徒は黒を基調にした制服と帽子を被っているから、多少離れていたとしてもすぐに居場所が分かる。

 この高そうな服を式典の時にしか着ないというのだから、王家の財力は凄まじい。


 公爵家のご令嬢であるリーゼロッテも王族の血を引いているので、王族専用である純白の制服を着ていた。

 二人が揃って並べば、さぞや絵になることだろう。


 と、こんな状況説明はどうでもいい。




 さあ、第一王子は到着したぞ。

 どこだ、どこから仕掛けてくる。ヒロインさんよぉ!


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