第三十三話 アラン史上最大の危機
どこだ、どこから仕掛けてくる……ヒロインさんよぉ!
と、俺が校門の方を注視していれば。
不意に
「やあ、アラン。久しぶり」
「!?」
振り返れば馬車を降りたハルが、手を振りながら俺の方に歩いてきていた。
使用人が待機している場所は、講堂まで続くレッドカーペットのコースから完全に外れているのだが。
……ちょっと待て。
何故、入学式の主役である第一王子殿下が。
すぐに講堂へ向かわず、待機している使用人たちの方に歩いて来るというのだ。
止めてくれ、ハル。
違う、お前が向かうのはこっちじゃない。
ハルがここにいたら、俺の足止めが全くの無駄になってしまう。
頼むから講堂に向かってくれ!
必死に願ってみるが、願いは届かず。
護衛を伴ったハルは、俺と握手ができる距離まで来てしまった。
彼は相変わらず爽やかな笑顔を浮かべて、俺の様子を見ている。
「今日は少し雰囲気が違うね。そのメガネは?」
「……イメージチェンジで、ございます。今日という目出度き日に殿下とお会いできたことは、望外の喜びでございます」
寮で試してみたときは自信があったのだが、俺の変装は、
遠目からでも一瞬で見破られるのだから、俺の変装技術は低いのかもしれない。
……万が一ヒロインから変装が見破られると、とてもマズいことになるのだが。
「アランは入学式に出ないのだったね。今日くらいは他の使用人に任せてもいいのに」
「いいえ、エールハルト様。私の本分はリーゼロッテお嬢様の執事です。学業よりも、業務が優先されます」
作戦の危うさを悟った俺は、正直に言えば今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られた。
しかし。
他家の使用人が揃ってこちらを見ている中で、今更逃げることはできない。
「そうか、ここではまだ人目があるか。でもアラン。君も明日から、使用人枠で学園へ通うんだよね? 明日からは普段通りに呼んでくれると嬉しいな」
「善処致します」
「ああ、ところで」
ところで、じゃない。
話題を変えるな、さっさと行け。
そうは思うが、衆人環視の中で王子の話をぶっちぎることもできない。
ハルはそわそわしながら、俺と講堂を交互に見て言う。
「リーゼはもう中にいるようだけど、早くはないかな? 僕だって少し早めに来たというのに」
「左様でございますね、申し訳ございません」
「過ぎてしまったことは仕方がないけれど……できれば、一緒に行きたかった」
つい先ほど侯爵家の人間が到着したばかりなのだから、来るのが早いという点については同意する。
何ならハルが到着するのも早すぎるくらいだ。
ごもっとも過ぎる疑問だが、まあいつものイレギュラーである。
しかし、彼は残念そうな顔をしているが。
どうせ会場内でリーゼロッテに会えるのだ。
会いたいのなら早く行ってこいと、俺は念じる。
「いずれ機会もございましょう。ささっ、中へどうぞ」
「いずれ、か。一緒に登校……一緒の馬車…………二人きり。いや、御者がいるか。ならば私が……いっそ馬で…………」
ラブラブ登校デートの計画なら、後で俺も一緒に考えてあげるから。目を覚ませ。
自分の世界から戻ってきてくれ、頼む。じゃないとそろそろ……。
と、俺は横目で校門の方を見ていたのだが。
「はっ!?」
「む、どうかしたのかい? アラン」
「あ、い、いえ」
や、やつが……やつが来る。
来ている!
ヒロインが、ヒロインらしき女が馬車も使わずに走ってきている!
「いっけない! 遅刻遅刻!」
「ベタか!」
ヒロインはこちらに向かってきており、その距離はぐんぐん縮まっている。
俺は内心で、過去最大級の焦りを感じていた。
「ど、どうしたんだい、アラン。急に叫ぶなんて」
「い、いえ。少々、こちらの事情で」
「……そ、そうかい?」
王都はおろか地方都市の三流作家だって、今時そんな始まり方をするラブロマンスは書かない。
冒頭のセリフは「ここが今日から通う学園かぁ……」だったはずなのだが、どこで歯車が狂ったというのだろう。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
ヒロインが視認可能な範囲に入ってしまった以上、猶予はない。
もう俺が足止めするのではなく、早々にハルを講堂へ押し込んで出会いイベントを潰し。ハルが行ったら俺もすぐに逃げるしかない。
「お嬢様は本日のために珍しく着飾っておられます。貴重な機会です。早く。お早く。一刻も早く、ご覧になってください」
そう考えた俺は、リーゼロッテで釣ってみることにした。
だが、効果があったかと言えば微妙だ。
「着飾ったリーゼか。どんな髪飾りをつけているのかな。あるいはアクセサリーか? いや、待て。最近ではネイルが流行っているとも聞くな……でも、私が去年プレゼントしたイヤリングを付けていたりしたら……」
「殿下? 殿下!」
しかし、失敗。
ハルはまだ見ぬリーゼロッテに思いを馳せ、再び自分の世界に入ってしまった。
色々な想像をして期待に胸を膨らませているのだろうが。
届かないと知りつつ、心の中でもう一度お願いする。
頼むから後にしてくれ、と。
「あら、あれはまさか……!」
「はぅあ!?」
ヒロインがこちらに気が付いたようだが……今出会うのはマズい。最悪の状態だ。
そう思い、俺は今の状況を客観的に見てみる。
第一王子エールハルトとセットで、学園にいるはずがない裏社会の帝王、アランがいる。
裏社会の帝王が学校に通っているという字面が、そもそもおかしい。
それに「原作」でエールハルトとアランの接点などない。一切ない。
一緒にいるところを見られたら、後で致命的な齟齬が出ること請け合いである。
ハルがあっさり俺の変装を見抜いたところを見るに、次回、俺が攻略対象のアランとしてヒロインに会ったときに一瞬で見破られる可能性がある。
もしも変装がバレて――
『あれ……? アランさん、もしかして学校にいました?』
――などという質問をされたら、その時点でアウトである。
「原作」で服装の好みが決められている関係上で、
つまり今の俺ならともかく、次にヒロインと会うときは変装はできない。
髪型や服装を「原作」通りにしなければいけないのだから、当たり前だ。
足止めに失敗して第一王子と出会わせてしまった上に。
物語的に
やはりハルから変装を見破られた時点で、多少強引にでも撤退しておくべきだったのだ。
だが、ハルがヒロインと出会うだけなら、後からいくらでも挽回可能だ。
そう考えれば、離脱するべきなのは俺の方だろう。
この場を離れる口実、何かないか。
そう思い周囲を見渡せば、ハルが被っている帽子の記章が太陽に照らされ、反射された光が瞬いているのが目に入った。
これだ! と、刹那。俺の脳裏に閃きが走る。
「ほ、本日は少々風が強いようですね」
「そうかな? 馬車の中からは特に感じなかった――」
ハルが答えている間に、こっそり中級風魔法
手軽な詠唱で広範囲の敵の動きを攻撃できる便利な魔法だが。
今はハルの頭をロックオンだ。
巻き起これ、突風よ! と、心の中で唱えれば……。
「あっ!」
ハルが被っている学生帽が、突風に煽られて飛んで行った。
その方向は先ほどまで眺めていた、途轍もなく大きい噴水の方だ。
このままいけば、着地地点は噴水の中になるコースである。
「いけない! これはいけなーい! 殿下の帽子が! 歴代の王族が代々式典で被ってきた、歴史ある、由緒正しい帽子が突風で飛ばされた! このままでは噴水の中に!」
あれだけゴテゴテした帽子が、突風くらいでこんなに飛ぶのか?
という周囲の疑問は、テンションで片付けることを決めた。
物凄い説明口調で叫びながら、俺は駆け出す。
身体強化のブーストを全力でかけつつ、風に飛ばされる帽子の後を追った。
「うぉおおおお!」
三メートル近い大ジャンプの末、空中でキャッチした帽子を放り投げ。
フリスビーの要領でハルへ投げ渡す。
そして。
「アラン!? 大丈夫かい!?」
ばしゃあん。という派手な水しぶきを上げて、俺は噴水へダイブした。
「殿下! 私はまったく! まったく問題ございません! 殿下に於かれましては、式典に遅れることがなきよう! 今すぐ講堂の中へお入りください!」
「いや、それよりもアランの方が……」
「殿下にこれ以上お見苦しい恰好を見せるわけには参りません。これにて、一旦御免ッ!!」
「え、ちょ、ちょっと。アラーン!?」
ハルとヒロインのいる側と反対方向の淵まで
追い風を生んで加速した俺は。
講堂と真反対……人気がない方に向けて走り出した。
背後をチラリと振り返れば、ヒロインがハルに話しかけているところだった。
ハルがこちらを見ているので、当然ヒロインも俺の後ろ姿を見ている。
「走れ! もっと速くだ! ……風だ。俺は風になるんだ!」
かくして俺はヒロインと戦う前に敗北し、敗走を余儀なくされた。
……俺は一体、何をやっているのだろう。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
アランの敗因。
①変装が雑
②計画が雑
③リーゼロッテが先に会場入りしていた
家を出る時は完璧な変装だと自画自賛していましたが、変装が完璧なら、そもそもエールハルトから発見されません。
出会いをぶち壊しにするとしても、他に方法あるんじゃない?
何よりリーゼロッテがいれば、エールハルトは喜んで登校デート(距離100m)に向かったでしょう('ω')
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