第二十六話 来たけど、見てない、でも勝った



「ちっがーう!」



 と、唐突に声が響いた。


 声の主は昨日乙女ゲームを提供してくれた男。

 物語を管理を仕事にしている神、クロスだ。


 俺はと言えば、時折船を漕ぎながら。

 リーゼロッテのトレーニングを横で見ていた。



「何よ、びっくりするわね」

「ふわぁ……。詩は教会でお焚き上げしましたが、お気に召しませんでしたか?」

「違う、その件じゃない……それとお焚き上げじゃ俺に届かない。そういうシステムじゃない」


 神様との邂逅から一夜明け、平穏を取り戻したかに見えた俺たちは――再び神様からの襲撃を食らうことになった。

 時刻はそろそろ夕飯時の、何とも半端な時間帯である。



「まったく、プロテインが零れちゃうじゃない。……じゃあ何? チョコ味じゃなくてバナナ味にしろってこと?」

「全く違う。そうじゃない! 昨日はゲームやって満足して帰っただけで、現状が何も変わってないんだよ!」



 うん、帰ってから俺たちも気が付いた。

 もう少し今後の話なり相談なりをしてから帰れば良かったと。



「昨日の話はアランから聞いてないのかな? あまりふざけたことを言っていると、神様本当にリセットしちゃうぞー?」



 実際のところ、「俺がリーゼロッテを管理するから、格闘家になるのを見逃せ」という件は、その場の勢いで決まったものである。

 クロスの判断次第では、まだどうにでもひっくり返る問題なのだ。



「ふふん。そんなことにはならないわよ。アラン! やっておしまい!」

「うーわ、典型的当て馬令嬢のセリフ。今どきそんなコッテコテのセリフを吐く悪役令嬢がいるかよ。……で、アランが何だって?」



 そう、依然として俺たちは危うい状況にある。

 だから俺は、昨日の晩にリーゼロッテへ今後の相談を持ち掛けた。のだが。



『実はまだ完全に許されたわけではなくて。俺がコントロールをミスったら、容赦なくリセットすると言われたんだが』

『そ、そうなの? ……何とかして! アラン!』



 という、公爵夫妻もよく使う公爵家に伝わる伝統の技、マルナゲを食らった。

 元よりこの、脳の髄まで筋肉でできている令嬢に頭脳労働など期待してはいなかったが。百パーセント丸投げとは恐れ入った。


 そんなわけで俺が、ソロで、徹夜で、今後の対策を書き連ねた。


 まあ、俺がクロスとリーゼロッテ、どちらの願いも両立させる方法を見つけるなどと啖呵を切ったので、有言実行ではあるのだが。


 兎にも角にも。

 その努力の結晶が、今俺の手元にあるこのノートだ。


 クロスは今日、すぐにでも来るだろうと思っていたが。

 具体的にいつ来るかが分からなかったので、今朝からずっと持ち歩いていた。



「善後策について徹夜で書きました。どうぞ、受け取ってください。ほら、ほら」

「ど、どうした急に……っておい。このノートから怨嗟と怨念の邪気を感じるんだが」



 昨日の晩から明け方まで。丸々一晩かけて書いただけあって、一冊のうちの半分近くが埋まっている力作である。

 製作過程はどうあれ、中身のクオリティは高いはずだ。



「えんさ? おんねん? 気のせいです。……いや。恨み、嘆き、執念、遺恨の心が籠っていたとして、何か問題がおありですか? 大事なのは書かれた内容。中身です。さあ、さあさあさあ」

「やめろ! 呪いのノートを押し付けるなっ! おい! ぐいぐい来るな!?」



 よくよく考えたら昨日の俺は、良く働いた。


 朝っぱらから一通り雑用をこなして、街に繰り出して、誘拐犯とバトルして。

 リーゼロッテがすやすや眠るのをよそに交渉材料を考えて。

 神様と丁々発止の交渉をして、途中で失血寸前にまで追い込まれた。


 その後自分でアランじぶんを口説き落とすという精神修行を兼ねつつ、効率度外視のリトライ祭りで心が折れそうになりながらアランルートをクリアして。


 亜空間? から帰って来た直後、リーゼロッテを連れて屋敷へ戻り、吟遊詩人を呼ぶように屋敷へ連絡してからダッシュで衛兵の詰所へ駆け込んで。


 誘拐犯が氷漬けになっている場所に戻って衛兵に突き出したら、当然の如く俺も、街中で上級魔法をぶっ放した件について事情聴取されて。



 夕方までこってり絞られた後、屋敷に戻ったら公爵夫妻から呼び出されて。

 公爵様の執務室でお説教が始まった直後、アルヴィンが血だらけになった俺のトレーニングウェアを抱えて、血相を変えて執務室に飛び込んできて。


 首筋の外傷はクロスの手ですっかり消えて無くなっていたのだが。

 血だらけになった俺のトレーニングウェアを見た奥様が大慌てしているのを宥めつつ、医者と神官を呼べと、エドワードさんに叫ぶ旦那様を必死に引き止めた。


 これは全て返り血であり、俺は何でもないという言い訳をした時。

 横で控えていたエドワードさん以外は心底引いた顔を見せたのだが。


 まあ、お陰様で説教の勢いはトーンダウンした。


 心配をかけたバツとして晩飯抜きで雑用して、腹が減っているところに現れた吟遊詩人と詩を作って。

 心身共に限界だから今日は早めに寝ようか、というところで神様の存在を思い出し。

 そこからリーゼロッテの元へと相談に向かい、その後徹夜で対策ノートを書き上げた。



 ついでに今朝だっていつも通りに朝の支度から各種レッスンの段取りを整えて、空いた時間で教会へ行き、吟遊詩人が書き上げた詩をお焚き上げ。


 それから今だって日課のトレーニングに付き合って裏庭の別館、トレーニングルームにいたわけだ。

 夕方になった今に至るまで、一睡もせずに日常業務をこなしていた。



 途中で仮眠……というか気絶を挟んだが、よくもまあ休まず、一日でこれだけ働いた。

 クロスの部屋に居た時間も含めれば、一日・・で五十時間以上働いている。



 俺が、世界の概念が壊れるレベルの働きをしていた一方で。

 俺が守るべき妹分はと言えば。



『もう、ダメだぞー、リーゼ』

『心配したのよ?』

『ごめんなさい、パパ、ママぁー』



 というお花畑会話で、お説教終わり。


 リーゼロッテが自分から袋小路に飛び込んでチンピラと戦おうとしていた、と告発するタイミングを逃した俺だけが割りを食った形になる。


 リーゼロッテは取り調べだって受けていないし、晩御飯もフルコース、夜もいつもの時間にはベッドですやすや。

 ここまで差が付くと、いっそ笑える。


 これが身分社会というものだ。そう自分を納得させようとしたが。

 ふと俺の身分は貴族階級の中堅どころ、すなわち子爵だったことに気が付く。


 ここまで過酷な労働している子爵は、恐らく世界初だと思う。



 ……と、この世の不条理を嘆き悲しみ、憤りの中で主のために書き上げたのだ。

 様々な感情の発露は文面からも読み取れるはずだ。



 あははははは。



「さあ、読んでくれ。俺の、俺の完璧なノートを。一部の隙も無い完璧な計画を見てくれ! さぁ!」

「ちょ、やめろ。怖い! 白目を剥きながら迫って来るな! 分かった、一回帰る。明日もう一回来るから! それでいいだろ? な?」

「明日また来る……だと?」



 俺はその言葉に、大変なショックを受けた。

 何故なら。



「そんなこと言わずに読んでくれ。明日で良かったのなら……昨日は寝られたんだ。寝られなかったんだから、読んでくれ! 今日、今、この場で読んでくれーッ!」

「もういい無理するな! 分かった、受け取るから。一回受け取るから! 明日また話し合おう! な!?」



 帰らないでほしい。

 是非、俺の提案について評価がもらいたい。

 今の俺はその一心だった。


 もう自分がどんなメンタルなのかが分からない。


 俺は、徴税官の足元に縋りつく、寒村の村長のような姿勢でクロスにしがみついた。



「俺の…足りない頭じゃ、これが…せい…いっぱい…です。クロス…さん、受け取って…ください…! うけとってくれ――ッ」

「うわぁ! あ、アランが壊れた!? ああもういい、開けッ! 【ゲート】」



 又してもあの黒い球体が現れ、クロスは勢いよく、その中に飛び込んだ。

 ああ、クロスが行ってしまった。



 ……神様の撃退に、成功した。



 これは、結果として俺の勝ちではないだろうか。

 と、俺は何の価値もない勝利を噛みしめた。



 ああ、夕日が目に沁みる。




 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 カエサルもびっくり。(ノートの中身を)見てもいないのに勝った男、アラン。

 ガイウス・マティノスも困惑していることでしょう└( 'ω')┘ムキッ

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