第二十五話 感動した!



 というわけで、リーゼロッテからバトンタッチ。

 無駄に格好つけていたクロスへ、コントローラーが手渡される。


 そうして、クロスが操作するアラコが、十数回目となる運動会に臨んだのだが――。



「よし、ではまず最初のお題を……受け取りません。はい回避ー」

「はあ!?」



 スタートすると、お題を取らずに彼女は走り始めた。



「第一チェックポイントの前で停止。スタミナ全快で待機。で、後ろからやって来たリーゼロッテと同時にチェックポイントをくぐることで、何故かクリア!」

「嘘でしょ!?」



 何がどうなったらこんな動きが許されるのか。

 おい、実行委員。仕事しろ。

 ヒロインに何か弱みでも握られているのか。



「物語の神は全てのバグをお見通しなんだよ! スタートダッシュに成功っと。で、先にたどり着いて次のお題を開く、捨てる。開く、捨てる、開く」

「な、何してんだお前?」



 などと思っている相手にも、クロスのやりたい放題は続く。


 クロスが操るヒロインは、折角リードしたのに。

 何故かお題を一心不乱に破り捨てていた。



「はい、俺が取ったものを除いてお題は全滅。復活……もとい、実行委員が置きなおすまでの間、リーゼロッテをここで足止めだ!」

「そんなのアリかよ!?」

「そうよ! ずるっこよ!」



 散々恰好つけていたわりに、やっていることはタダのインチキじゃねぇか。

 俺たちはクロスにブーイングを飛ばすのだが。

 彼はそんなもの、どこ吹く風である。



「システム上アリなんだから何でもアリだよ。よし、俺は順調にお題をクリア!」



 俺たちから上がる抗議の声を無視して、クロスは「どうだ、やってやったぜ」と言わんばかりの顔で操作を続ける。



「で、左の道を選ぶと障害物が多いけど、ここはプレイングで突破だ。なんで借り物競争のコースに平均台が置いてあるのかは知らないが……途中で連打のボタンが変わる程度のフェイントなど、俺には通用しない!」



 俺のたどたどしいプレイングや、リーゼロッテの慎重なプレイングと比べれば、確かに速い。


 ……だが、ラストの直線を前にして、リーゼロッテ・・・・・・は怒涛の追い上げを見せていた。



「さて、障害物が少ないラストスパートの直線に向けて、スタミナを全快近くで管理しつつ……あっ!?」

「後ろから猛追してきたリーゼロッテに弾き飛ばされたわね」



 体力だって当然悪役令嬢の方が多いので、最後の直線に向けてスタミナを温存して走っている間に追いつかれたようだ。


 しかも弾き飛ばされた先が泥濘の中で。

 脱出した頃には、悪役令嬢はアラコの遥か先を走っていた。



「……リーゼロッテ、ゴールしちゃったわね」

「あれだけ卑怯な真似をしても勝てないとは……」

「大丈夫大丈夫。俺だってこのゲームをやるのが久しぶりだっただけさ。次は後ろにも注意して……」



『この俺ともあろう者が、偽の情報に踊らされるとはな』


『今は屈辱を甘んじて受け入れよう。だが、俺は決して諦めない』


『アラコはアランと初めて会った場所を通り過ぎる度に、彼のことを思い出します。きっと、いつかまた、彼に会えると信じて――』



 あろうことか、物語ゲームの神様も四連敗である。


 クロスの背中はわなわなと震え。

 リーゼロッテは明後日の方向を向いて、下手くそな口笛を吹いていた。


 そんな気まずい雰囲気の中、俺は口を開く。



「裏技抜け道を全部知っているという神様でこの惨状。これ、クリア不可能なんじゃ?」

「これは一回諦めて、やり直すしかないのかもね……。セーブデータを分けておけば良かったわ」



 残念な心持ちで俺たちが二人で話していると、俄かに、クロスの様子がおかしくなった。

 突如高笑いを始めたかと思えば、次の瞬間、クロスを中心にして虹色の輝きが巻き起こる。



「は、ははは! フハハハハハ! 物語ゲームの分際で俺をコケにするとはいい度胸だ……。キレちまったよ。久々になぁ! 【神力開放】!」



 怒りを燃やしたところでゲームの腕前は上がらないと思うのだが。

 目の前の神様は何やら覚醒し始めた。

 クロスの目元からクマが消え、瞳が爛々と輝き始める。



「今までの俺は、能力を人間レベルに落として戦っていた。だが、人間の反射神経の限界を超え! 俺は今、神域に至る!」



 ボサボサの髪には突如としてキューティクルが蘇り。

 どういうわけかスーツの皺まで無くなり、卸したてのようにパリっとしていた。


 おまけに……何故か後光が差し、テレビの画面が非常に見づらくなった。



「こ、これは! よく分からないが神々しく見える!?」

「なんだか凄まじいオーラね!」



 ゲームで勝てないからと、神々しい姿になり全力を出そうとする神様……。

 これは、どうなのだろう。


 こんな姿を見せられては、俺は明日から「神」という存在を信じられなくなるかもしれないが。

 ともあれ、クロスは自信満々で画面に向き直った。



「神様の本気、見せてやるよ! 障害物を当たり判定から一ミリのところで回避だオラ! 最短経路で行くぞ!」







 クロスが本気を出してから、三十分ほど経っただろうか。


 魔法合戦では、アラコの魔力パラメータが80しかないのに、魔力700台後半のリーゼロッテを完封。

 続く果し合いでも。体力が90という低さで、体力800台半ばのリーゼロッテをフルボッコ。


 学力が250しかないのに、定期テストで学年一位。

 カンニングでもしたのだろうか。


 冒険パートでは、前衛のアランをフルに酷使して。

 ……攻略対象者を盾にして、強引に押し切った。


 宣言通りに無敵の快進撃を続けた。


 そして。



『参ったな。まさか俺が、こんなにもお前のことを大事に思っていたなんて』


『アラコ。もう離さない……もう、二度と』


『お前、俺のものになれよ』



 悪役令嬢の妨害に次ぐ妨害を乗り越え、俺たちはエンディングへと辿り着いた。


 身分の差に引き裂かれ、一度は互いを諦めたヒロインとアラン。

 だが、アランが貴族へと戻り。

 ヒロインの横に立つのに相応しい身分を手に入れて、求婚。


 試練を乗り越えた二人は、末永く幸せに暮らしましたとさ……。

 というエンディングだ。



「うっ、うう。良かったわね、アラコ……」

「まさか『お前、俺の物になれよ』っていうセリフが、最初と最後でこんなに意味が違うなんてなあ……」

「はぁ……はぁ……は、ハッピーエンドだ。見たか、これが、神の力」



 finの文字と共に、ヒロインとアランが王宮の中庭で感動の再開、そして抱擁。

 というイベントスチルが流れた後、スタッフロールというのか。この乙女ゲームを作った開発スタッフたちの名前が流れてきた。



 俺が主人公のステータス配分をミスったお陰で、俺が辿る大抵の末路は見えた。


 ヒロインと出会わなければ。

 詐欺に遭う。

 ヤバいヤマに手を出して殺される。

 国外追放処分を受ける。

 僻地で小麦農家になる。

 遠洋漁業中に船が転覆する。


 ……まあ、ハッピーend以外が全て散々なことは理解した。


 とりあえず。俺を貴族社会に復帰させてやると甘言を囁き、罠に嵌めて国外追放に追いこんだウォルター男爵とかいう奴には、いつか落とし前だ。


 俺を殺害した「闇商人」のような、通称で登場した人物は探しようがないが。明確な人名が出てきたウォルターという男、あいつだけは必ずしばくと心に決めた。



 そして真面目な話だが。

 悪役令嬢がトイレにいるヒロインに水をぶっかけるシーン。

 取り巻きを使って攻撃するシーン。

 教科書を引き裂いてバラバラにするシーンなど。


 リーゼロッテがヒロインへ仕掛ける、各種嫌がらせのタイミングは把握した。


 共通ルート――誰と恋愛するか選ぶ前は、攻略対象全員とイベントを起こしていく時期があったので、これから出会う人物と大体の性格も把握できた。


 よし、情報収集は十分だ。

 これが乙女ゲームってやつなんだな。理解した。


 後はこれを元にして、クロスの望みを叶えつつ、リーゼロッテの夢を叶える方法を探すだけだ。


 今手に入れた情報を基に、それぞれへの対策を立てていくことになる。


 ……の、だが。



「今はこの感動を、忘れないうちに詩へ書き留めたい」

「いいわね。早速家に帰って詩人を呼びましょう。この気持ちを永久とわに語り継ぐのよ」



 今は対策だとか、未来のことにまで考えが及ばない。

 今、すごく恋したい気持ちなんだ。

 言葉では言い表せないが。こう、頭が恋愛の刺激を求めている。



「あー、すごい分かる。詩が完成したら見せに来てくれよ」

「分かったわ! すぐに見せに来るから!」



 神様も同意してくれたのだから、最高傑作を作りたい。

 公爵家の力を使って、高名な詩人を招くとしよう。



「ありがとな。じゃあ出口はこの部屋出て右だから」

「こっちこそ、ありがとう! クロス様!」



 クロスも疲れたのだろう。リビングの中央に置いてあるソファーに寝そべって、缶ビールなんぞを飲んでいる。


 そう言えば俺の「常識インストール」は、解除しなくていいのだろうか?


 いいや。指摘されないならば、便利だから貰ってしまおう。

 と、俺はスラム街で培った「貰える物は何でも貰う精神」をフル活用することに決めて、クロスに別れの挨拶をする。



「いい体験ができた。感謝するぜ、クロス」

「へっ、いいってことよ……あー、そういや恋なんて三百年くらいしてないな。あー、俺も恋してえわ。はぁ……」



 部屋を出る前に、ついでとばかりに「公式ガイドブック」という表紙の本をお土産として回収し、俺たちは玄関に向かった。


 そして、部屋を出て右のを見れば。

 ワームホールと言うのだろうか。

 廊下の突き当りに伸び縮みしている黒い円が描かれている。


 恐る恐る、俺が先に通ってみると、路地にはチンピラ三人が氷漬けになっていた。



「そうか、ここまで巻き戻るのか……」



 時間は昼のままで、太陽も天高く昇っている。

 気絶した時間も含めて、体感で二日間は経過しているので、不思議な気分だ。

 ……実際には徹夜明けなので、陽の光が目に眩しい。


  

「あ、アラーン。大丈夫そう?」

「問題ございません。さあ、お嬢様。こちらへお手を」



 よし、人目がある。ここからは使用人モードだ。

 気持ちを切り替えた俺は、威儀を正してリーゼロッテの手を取る。



「色々あったけど、ゲームクリア……上質な物語を見た後は気分がいいわね」

「カタルシスと言うものでしょうか。私も感傷的な気分です」



 いやあ、今日はいい体験ができた。

 何か忘れているような気もするが……まあ思い出せないということは些末なことだろう。

 さて、公爵邸に帰ったら、早速吟遊詩人を手配せねば。


 どことなく晴れやかな気持ちで、俺たちは公爵邸へ向けて歩き始めた。




 ああ、そうそう。チンピラ三人組を引き渡すために、衛兵は呼んでおかなければ。


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