第十一話 (見た目は)忠義の騎士アラン 後編




「アラン、その辺りにしておくんだ。まだ間に合う、今ならまだ……!」


 ここに至ってようやく旦那様が止めに入るが、もう遅い。


 まだだ。まだ半端なんだ。

 今止めたらむしろ、最悪の状況だぞ。


 押せ、俺。もっと押せ。

 まだ陛下の興味は引き切っていない。


 10センチ押してダメなら、20センチ押せ。

 1回でダメなら2回押せ。倍プッシュだ。


 そんな考えで追撃にかかる。


「主が間違った道へ進むと言うのなら、それを正すのが臣下の役目。ただ唯々諾々と従うだけの臣下なら、無価値では?」


 どうだ、陛下。こんな忠義の騎士みたいな発言はお気に召さないか?

 と、そんな意味合いも込めて、陛下の目をじっと見つめる。


 旦那様の縋るような視線を脇に置き、周囲のお偉いさんも騎士も無視して、俺は陛下の目を見つめ続ける。


 どういうつもりで問答を始めたかは知らないが、陛下が不敬罪をチラつかせた時点で、「陛下を満足させる」受け答えをする以外に生きる道は無い。


 殿下のときと同じだ。

 トップが、「俺がナシをつけたんじゃあ」状態にすれば、後はどうとでもなる。


 貴族の天辺にいるクライン公爵家ですら、陛下の決定に逆らえないのだ。

 なら陛下さえ納得させてしまえば、それで俺の勝ちだろう。


 王宮雀どもが横から何を言おうとも、大将首以外に興味は無い。


「リーゼロッテ様や、伴侶となる殿下の今後に悪影響を及ぼすような……問題となるようなことが起こるなら、私は命を懸けてでもお止めする所存です」


 そう思った俺は、余計な口を挟まれる前に勝負を決めるべく。

 とにかく喋ることにした。なるべく綺麗な言葉で。


「それが仕える方ご本人の行動であっても、お二人の上に立つ陛下であっても同様です。いえ。王国の末席に身を置く者として、むしろ陛下にこそ、一番においさめしなくてはならない、ときが……ある? ある、かもしれません!」


 あるかなぁ、そんなとき?


 一気に捲し立ててみたものの。もう、自分で自分が何を言っているのかよく分からない。

 

 というか、直前の自分の発言を振り返って、言った俺ですらツッコミどころ満載だと思っている。


 でも許してほしい。今更止まれないし、ここまで思い切らないと俺の命が危な……ああ、いやいや。


 陛下の前でそんなことを考えてはいけない。

 ゲスな考えが目に出てしまう。


 今の俺は「命をかけてでも主君を支える忠義の士」という思考回路でいかなければ。


 うおおおおお! 俺はお嬢のためなら、この命すら惜しくはないんじゃあ!


 ……と、こんなものでどうでしょう? ダメか?

 内面まで含めて、割りと迫真の演技だったとは思っているのだが。


 見た目だけでも、忠義者に見えていてくれればいいのだが、どうなるだろうか。

 そんなことを思いつつ、積極的にガンを飛ばすこと数秒。


「なるほどな。まあ、忠義の男は嫌いではない。むしろ好ましいぞ」


 もう外聞もへったくれもなく陛下を睨みつけていると――にっこりと笑った。


「俺を相手にそんな啖呵を切る者も珍しい。うむ、我が息子は気概ある友人を持ったようで、実に愉快だぞ」


 陛下の一人称が俺になり、上機嫌に笑っている。

 どうやらお気に召したようだ。


 どうだ見たことか! やっぱり脳筋には喧嘩腰が正解だったんだ!


 と、安心していたのも束の間。

 くつくつと笑いを堪えながら、陛下はさらに続けた。


「さて……では遠慮なく答えるがいい。目を見て話してみて、俺の印象はどうだ?」


 最後の最後で、難しい質問が飛んできたわけだが。

 いや、本当に難しい。


 陛下の印象を聞かれても、出会った直後からの前半部分は、緊張でぶっ飛んでいる。

 後半は間髪入れず、とにかく喋り続けるのに必死だった。これまた覚えていない。


 答えられない。

 何も頭に浮かばない。


 いいや、もう誰か、似ている人の第一印象を適当に答えよう。


 そう決めた俺は、陛下と似ている人が誰かいなかったか、過去の記憶を掘り起こしていく。


 誰だったかな。誰かに似ているんだよな。

 強面で意外と度量が広い人。


 ――そうだ。スラム街の元締めをやっている親分だ。


 顔面が厳ついところや、アウトローな雰囲気を感じるところ。

 オーラたっぷりなところなど、考えてみれば結構似ている気がする。


 であれば親分の第一印象を答えよう。確かあの人は。


「いたずら小ぞ……うがっ!?」

「あ、アラン! いい加減にしないか!」


 言い切る直前に、後頭部に衝撃が走る。

 旦那様のメンタルが限界を迎えたようで、御当主から、幕引きのげんこつを頂戴したのだ。


 ああもう。

 俺はこんなだし、公爵夫妻も結局慌てるだけで、物の役に立たなかった。


 貴族たちは怒っている人、戸惑っている人、興味深そうな人と色々でコメントしづらいし。


「フハハハ、ハーッハッハッハ!」


 肝心の陛下はと言えば、腹を抱えて爆笑しており、近衛がおろおろしている。

 どうして、こんなカオスな状況になったのだろう?


 元を辿れば、俺と陛下の目が合っただけなのだが。

 目が合っただけで、なんでこんなバトルになるの?


 そもそも今日は陛下とお嬢様の顔合わせがメインのはずだが、珍しくすらお嬢様が空気になっている。

 俺はオマケで付いてきただけなのに、何故こうなった。


 ……どうにも釈然としないが、これ以上話せば本当に首が飛びかねない。

 もういい、もう俺は黙っていよう。


 結局場を収められるのは陛下しかおらず、次に陛下が口を開くまで、3分ほど混沌が続いた。


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