第十二話 昇進(?)



 陛下がひとしきり笑い終わった後、謁見の間は異様な雰囲気に包まれていた。


 当の陛下が笑っているから怒るのもマズい。

 だが、これが前例になってもいけない。どうしよう。


 というような空気である。


 陛下もそこのところを分かっていたのか。

 紙とペンを取り寄せてさらさらと何かを書くと、そば仕えの文官経由で、書類を俺に下賜した。


 文官曰く「己の身を捨てて主のために言上する忠義の心、天晴である。陛下は貴殿の行いに心を打たれ、これを下賜するものである」らしい。

 


「受け取るがいい」

「謹んで頂戴致します」



 普通は一回断るものらしいが、この陛下に対して遠慮など無用だろう。

 そう判断し、早々に受け取ることにした。


 俺は恭しく礼をして、これ一枚で俺の日給が飛ぶであろうくらいゴテゴテと装飾された書状を受け取ったのだが。


 タイトルは……諫言かんげん御免状?


 貴族らしく長ったらしい言葉でくどくどと書いてあるが。

 要約した内容は以下の通り。



 いつでも。

 どこでも。

 誰にでも。

 どんな方法であっても諫言。つまり注意を許す。


 この書状の受領後、子爵相当位を授ける。



「えっと……」



 何だろう、これは。

 理解が追いつかず、俺の思考は一瞬の停滞を迎えた。

 

 誰にでも文句を言い放題の権利書というのは、先ほどのやり取りを踏まえた上でのジョークと言っていいはずだ。


 お前の文句も一応聞いてやろう、無礼では・・罰しない。という意味だ。


 まあ、後から無礼以外の罪で裁かれそうなので。

 いかにも使いどころのない権利書である。



「子爵相当位?」

「身分をくれてやるという意味だ」



 だが最後の一文。

 なんだこれはと意味を考えていれば、陛下の方から解説が入った。



「以後は子爵家の当主と同じ身分として扱うものとし、これを罰としよう。それと、今さらそんなに畏まらんでもいい。肩が凝る」



 身分を下から数えると。


 奴隷、流民、市民。

 騎士(士爵)、準男爵、男爵。

 子爵、伯爵、侯爵、公爵、王族の順番だ。


 俺の身分が市民から子爵へ怒涛の4ランクアップである。


 罰? 確実に栄転だと思うのだが。

 疑問を口にする前に、陛下は淡々と話を進める。



「家名は、そうだな。レインメーカ―を名乗れ。嬉しかろう?」

「あの、それは……」



 お家取り潰しになる前に父母が名乗っていた性だ。


 両親が亡くなった時点で名乗ることを禁じられて「ただのアラン」になったので、名前を取り戻したことは名誉ですらある。


 両親の身分は伯爵だったらしいが、市民から一気に子爵まで出世すれば不満などあるわけがない。


 本当に何が罰なのだろう?


 宰相――確か殿下と仲が悪い人――は気まずそうに顔をしかめて陛下に言う。



「陛下、その名を与えるのは如何なものかと」

「よい、何も言うな。ま、その辺りは追い追い話すとする」

「……機会があれば幸いです」



 陛下が含み笑いをしている姿を見て、俺は得体の知れない恐怖を覚えた。


 これは絶対にロクでもない話だ。

 どこかしらに絶対落とし穴があるはずだ。


 後で免状の文言を見直そうと、俺は硬く心に誓う。



「爵位持ちはいつでも登城可能なのでな。たまには会いに来て、同世代から見た息子の評価でも聞かせろ。……会いに来なければこちらから出向くぞ?」



 これは社交辞令として受け取っておこう。

 いくら陛下でも、城を抜け出して遊びに来るなんてことはしないはずだ。


 ……しないよね?


 この陛下ならやりかねないという不安はあるが、そこは帰ってからアルバート様に相談だ。



「息子の婚約者とまともに会話もできなかったのだ。これくらいは許せよ。さて……時間だ。伯爵家以上の当主。それからクライン夫妻はこの場に残れ。婚約式に向けた話し合いをする。他の者は解散だ」



 もはやお嬢様が婚約することは確定事項のようだ。

 陛下がそう宣言し、この場はお開きになった。


 ぞろぞろと出ていく貴族たちが、去り際に色々な目をこちらに向けてくる。


 痛ましいものを見るような目をしている奴。

 にやにやしている奴。

 無表情な奴。

 怒っている奴と、様々な表情を浮かべているのだが。


 誰が何を考えているのかが、さっぱり分からない。


 ……俺、貴族としてやっていけるのだろうか?










 ところ変わり、ここは王宮の中庭。

 格式高いメイドに案内されて、俺とお嬢様は王宮の庭園でティータイムだ。



「もう、何よ。私のことを散々問題児扱いしておいて、アランの方がやらかしているじゃないの」

「問題児と言われている自覚はあったのか……」

「ん? 何か言った?」

「いえ。問題を起こして申し訳ありません、と」



 ティータイムと言ってもお茶しているのはお嬢様だけで、俺は給仕だ。

 メイドさんも、あくまで案内だけ。



「浮かない顔ね。いいじゃない、レインメーカーなんていう、金の雨を降らせそうないい名前をもらったんだから」

「いえ、これは先祖が水魔法の使い手で、干ばつの際に活躍したことから付いた名です」



 何だよ金の雨って。

 そんな光景は見たことも聞いたこともないが、どこから出てきた発想だよ。


 とにかく、生き延びたという安堵感こそあるが。

 公爵邸に来てからというもの、スラムに居たときの十倍は命の危機に晒されている。


 俺にとっては貧民街の方がホームタウンではあるが。

 貧民街の方が治安が良く感じるというのも、どうかと思うのだが。



「ああ、レインメーカー伯爵家はそういう興りだったかしら。それで、何か心配事でもあるの?」

「いえ、ここ最近、心臓に悪い場面ばかりでしたから」

「あら。もう助かったからいいじゃない。いいガッツだったわよ、アラン」

「……痛み入ります」



 陛下は俺の叙爵を罰だと言った。


 ドロドロした争いの世界にようこそ!


 という意味を込めた皮肉。

 又は冗談なのかもしれないが、何か引っかかる。


 文面に何か落とし穴があるはずだ! 探せ!


 と思い。謁見の間から退出してすぐに、書面をまじまじと見た。


 俺が目を皿のようにして書状を読み返し。

 縦読みや斜め読みで暗号が込められていないかまで探したのだが、それらしい文言はなかった。


 だから今、なんだかもやもやしている。



「奥歯に物が挟まったような顔ね」

「……顔? いえ、自分自身、まだ引っ掛かるものがあります。上手く言い表せないのですが」

「アランに分からないことが私に分かるわけないし、考えても無駄ね。お代わり」



 普通のご令嬢が勉学や教養、オシャレに使う時間の殆どを筋トレにつぎ込んでいるのだから。もう、王宮で筋トレを始めないだけで御の字だ。


 うん、知ってた。分かっていた。

 お嬢様に知的労働ができないことなんて。


 学力は高いらしいが、学と知力は比例しない。


 諦めて紅茶のお代わりを継ごうとしたのだが。

 ここでふと、小柄な少年がこちらに走ってくるのが見えた。



「リーゼ! アラン!」

「あら殿下、お久しぶりね」

「うん、二週間ぶりかな? アランは叙爵おめでとう」

「ありがとうございます」



 会うのは二週間ぶりだが。

 殿下は血色が良く、心なしか明るくなったような気がする。

 筋トレの効果が出始めているようだ。



「リーゼ。式はまだ先だけど、先ほど正式に婚約が結ばれたそうだ。だから、えっと、今日から名実共に、君と私は……」

「許嫁ってやつね!」

「え? あ、うん。そうなるね」



 あーあ。

 お嬢様、殿下が折角勇気を出したんだから、最後まで言わせてあげればいいのに。


 そんな主の残念さを再確認しつつ。

 先に言われて言葉に詰まり、しょんぼりしている殿下に哀悼の意を表する。


 男の子としては、こういうときはビシっと言いたいものだろう。


 だが、うちのお嬢様はそんじょそこらの男よりも男前だ。

 果たして、殿下がリードできる日は来るのだろうか?



「そう言えば、アランがさっきの叙爵にピンとこないと言っていたのだけれど、殿下は何かご存じ?」

「え? ええ? えっと……そうだね」



 ウソだろオイ……。


 と、俺はお嬢様の絶望的に低い女子力に戦慄する。


 目の前にいて話題にしやすいとはいえ。

 婚約が成立した次の瞬間に別な男の話題を出すのってどうなんだよ。


 そうは思うが、殿下は律儀に考えてくれた。



「レインメーカー伯爵家? ……あっ」

「あ?」



 ……今「あっ」って言ったか。


 おい、「あっ」って何だ「あっ」って。

 

 滅茶苦茶気になるんだが。


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