第十話 忠義の騎士アラン
謝ったり逃げたりしたら、失望される可能性が大。
だから俺は
死が待っていそうなら、むしろ全力で死にに行く。
相手が剣を振って来たなら、振り切られないうちに自分から斬られに行く。
失敗すればもちろん死ぬが、「死」そのもののリスクは低い。
腕の一本や二本安いもの。死ななければそれでいい。
死ななきゃ全ては安い犠牲だ。
これしかない。
これがあらゆる
「おい。あの使用人、値踏みしていたことを認めたぞ」
「不敬という自覚がないのか?」
なんて声もちらほら上がっている。
ビックリしてこちらを振り返った公爵夫妻は揃って目が泳いでいるが、知ったことではない。
一般的な貴族の礼儀だけを教えて、「陛下に対する礼儀」とかいう特殊項目を教え忘れていたのだ。
これは公爵家サイドの落ち度。
ヘマをしたら、雇い主にも落とし前はつけてもらう。
これもスラム街の流儀だ。
俺が弁解に失敗したらさ、こんな無礼者を連れてきた公爵家にも大ダメージだろ?
失敗したら公爵家の皆も一緒に死のうぜ? な?
と、アホみたいなことを考えていると。
意外と人を見る目のない陛下が渋い声で問う。
「そうか。何故余を計った?」
「……陛下が。リーゼロッテ様のことをお気に召されたとお聞きしたが故です」
この返答には陛下も群臣も頭に?マークが浮かんでいるが、まあ、これは本音だ。
おいおい大丈夫かよこの王国、とは今でも思っている。
「良い。詳しく話せ」
「畏まりました。陛下はリーゼロッテ様と殿下の間でどのようなやり取りがあったかはご存じでしょうか?」
ざわめく家臣たちを右手で制してから、陛下は俺に先を促した。
だから俺も、ここは本音で言う。
「ああ、把握している」
「左様ならば……リーゼロッテ様が貴族の令嬢として似つかわしくない行動を取ることも、社交的ではありますが、社交
「で、あるな」
下町のおっちゃんやおばちゃんとも普通に顔見知りになって、ランニングがてら世間話をしているお嬢様である。
コミュニケーション能力には不安はないだろう。
だがパーティ会場で政治的な話がどうとか、お上品に笑いながら腹芸だとか。
そんなことには一切期待できない。
「そこで私は考えました。陛下がリーゼロッテ様の、どういった点を気に入られたのか。という純粋な疑問でございます」
何でそんな令嬢を、次期王妃に選ぶんだ?
という疑問は無理が無いはずだ。
まだエールハルト殿下が後を継ぐと決まってはいないが、順当にいけば次の王妃はうちのお嬢様になるのだから。
「息子との相性を考えた結果だ。政治的な意味もあるが、まあ……人柄を見てのことだな」
ここは実際に気になるので、つらつらと聞いてみた。すると。実際のところはどうか知らないが、陛下も普通に答えてくれる。
が、しかし、そこに付け目がある。
「破天荒な人柄がお気に召したのであれば、たとえばリーゼロッテ様が暴走したとして……「好きにやらせるのも一興」と仰いませんか?」
「なるほど。確かに近ごろ、余は退屈している。否定はできんな」
実際にそうなったらエラいことである。
ただでさえ止まらないお嬢様だ。陛下の後押しなんていう免罪符を授かった日には、もう誰も止められない。
その気になった公爵夫妻ですら無理だろう。
「陛下が追認なされば、主を諫めるのが難しくなります。陛下が暴走を後押しをされるか、それとも叱っていただけるか」
「人となりは知りたいか」
表面上は聞きざわりのいい言葉を語ったが――
まあ、もちろん全部嘘だ。
俺にそんな殊勝で、高尚な考えはない。
即興で、今この場で考えた。
ほとんどがノリの産物だ。
というか一部的外れとはいえ、陛下のように、相手の目を見るだけで心を読める人間がどれだけいるというのか。
この段階で人柄を見定めるなど、普通は無理だろう。
使用人ごときが陛下をじろじろと観察するなんて、無礼にも程がある。
後ろの方で黙って立っていて、公爵夫妻とのやり取りでも聞いて判断しろよと。
俺が外野の立場ならそう思う。
だが、まあ、仕える主の今後のためというのは、正当な理由になるだろう。
陛下とて現役で騎士をやっていて、戦争があれば玉座を空にしてすっ飛んで行くというのだ。
上司や先輩のために行動するという体育会系のノリは嫌いではないはずだ。
「いかがでしょうか?」
俺が答えてから数秒、陛下は押し黙り、重苦しい沈黙が続く。
ややあって、陛下はポツリと言った。
「考えたのはそれだけか?」
そ、
かなり際どいところまで攻めたのに、この理由でもまだ足りないと言うのか。
なら、もっとパンチが利いたことを言わなければ。
とにかく衝撃を与えられそうな文言を考えたとき。
――ぱっと頭に浮かんだことがあった。
「……不敬と取られても致し方のないことを申しますが、よろしいでしょうか?」
できれば吟味してから発言をしたいが、そんな時間の余裕はない。
俺は即座に、考えたことを口に出した。
「そこまで言ったならば、今から引っ込めても変わらぬだろう。言え」
「はい、実は見定めたかったことがもう一つ。陛下は私からの諫言を受け入れるお方か否か、です」
意訳、俺がアンタに文句言ったら聞いてくれる?
平民が陛下にこの物言い。
口調は丁寧でも、相当刺激的な発言だと思うが、反応はどうだ。
陛下や周りを固める近衛騎士。公爵夫妻にお嬢様。居並ぶ貴族たち。
誰も言葉を発さず、一瞬、辺りがしんと静まり返った。
で、今の発言を受け止めて、咀嚼が終わったのだろう。
次の瞬間にはざわめきどころか、俺に向けての怒号とブーイングが飛び交った。
「使用人風情が何を言うか!」
「引っ込め下郎!」
「その者を引っ立てろ!」
と、お偉いさんが口々に騒ぎ立てた。
そして陛下の傍へ控えていた近衛騎士たちが、再び無言のアイコンタクトを取っている。
さあ、いよいよ失敗したら命は無い。
引き際を間違えたら打ち首コースだろうから、気を引き締めないとな。
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