83、焼き芋作戦


 剥不はがれずさんが、トコトコと俺たちの後ろからくっついてくる。その姿をおびえた目で見る二葉先輩が、小さな声で俺に言った。


「このままだとまずいよ」


「ですね。剥不さん結構食べるし」


「適当に断ろうよ」


「適当に……どうやって断れば」


「こう、適当に。後腐れなく……平和に」


 そう言われても誰かを断ったことがないから、断り方が分からない。


「うーん……」


「私も分かんない」


「……ダメそうですね」


「じゃあさじゃあさ」


 二葉先輩は悪いことを思いついたというような顔で、耳打ちした。


「いっそのこと逃げちゃう? トイレ行くふりとかして」


「……それは信条ポリシーに反します。グループで歩いていた時に、突然一人になっていたことあります?」


「ないけど」


「俺はあります。めちゃくちゃ心にきますよ、あれ」


「やめとこうか」


「合法的に行きましょう」


「そんなこと言ったって。あれは私たちの肉だよ」


「ですね……」


 剥不さんが帰る様子はない。

 俺たちがかもしし出す空気なんてもろともせずに、剥不さんは、肉を食わんと付いてきている。


 そもそも金持ちなんだから、肉なんていくらだって食えるだろうに。


「剥不さん」


「む?」


「俺たちの買った肉なんて、大したことないですよ。家に帰ったら、もっと高級な肉が食えるじゃないですか」


「それはそれ」


「そうは言っても」


「これはこれ。コテージの恩」


 ダメだ。強い。勝てない。

 どうにか良い方法はないか考えていると、商店街を抜けたところで、停車している軽トラが目に入った。


 ふんわりと漂う甘い香りに、先輩がすんすんと鼻を動かした。


「焼き芋だ。良い匂い」


 この辺りを巡回している石焼きいもの屋台だった。

 

 そうだ。 

 肉を食べられる前に、芋を食べさせれば良いんだ。


「先輩、良いこと思いつきました」


「なになに?」


「剥不さんに焼き芋をご馳走しましょう。それで腹を膨らませて、肉を食えなくさせるんです」


「……それは素敵なアイデアだねぇ」


 二葉先輩も同意して、ニッコリと笑った。そうと決まれば話は早い。後ろから付いてくる剥不さんに声をかける。


「剥不さん」


「む?」


「石焼き芋、好きですか?」


「どちらでもない。食べたことがない」


「ここの芋がすごく美味しいんですよ。ぜひ、食べてみてください」


「芋より、肉の方が……」


「お肉よりも美味しいんだよ!」


 半ば強引に二葉先輩が、屋台に駆け込んでいく。元気よく「焼き芋ください」と言うと、屋台のおっちゃんが紙袋に包み始めた。


 二葉先輩の後ろ姿に目をやりながら、剥不さんは俺に声をかけた。 


「最近、どう?」


「何がですか」


「三船二葉の様子。消失時間は減っていないけれど」


「元気ですよ。ご覧の通り」


「……見かけには現れないこともある」


「それも大丈夫だと思います。あれは空元気からげんきとかじゃないです」


 二葉先輩はホカホカと湯気を立てる芋に、目を輝かせていた。その姿は実に楽しそうだった。


「先輩の頭の中には、悪い未来のことなんて無いんです。今が楽しければ、明日もきっと楽しいんだと。それが全部です。しょげてても仕方がないじゃないですか」 


「そうか」


 剥不さんは目を細めながら、ゆっくりうなずいた。


「大きなお世話だった」


「お待たせー」


 焼き芋を抱えた先輩が帰ってくる。


 さてさて、これで剥不さんに芋を食わせれば良い。


 若干良心は痛むが、これは俺たちの肉だ。


「屋台のおじさん、1個サービスしてくれた!」


 二葉先輩が嬉しそうに声を上げた。


 見ると、彼女はその芋をもっくもっくと食べている。結構大きいサイズの芋が、半分くらいなくなっている。


「ナルくん、この焼き芋とっても美味しいよ!」


 ……あれ?

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