82、色のついたトレイ


 別に生活費がとぼしい訳ではない。


 食費なら十分あるし余っている。ついつい安い肉を買ってしまうのは、何となく習慣のようなものだ(主に姉のしつけによる)。


 たまには贅沢ぜいたくしなさいと、両親が振り込んでくれた額は、ギョッと目玉が飛び出るようなものだった。


「お肉楽しみだねぇ」


 コインランドリーに布団を放り込んで、俺たちはスーパーマーケットへと歩いて行った。


 道中、先輩はずっと楽しそうだった。今日はチェックのマフラーと、灰色のトレーナーを着ている。ぶらぶらと揺れる手が、すごく上機嫌なのが分かる。


「やったー、色のついたトレイだー」


 黒塗りのトレイ。黄金色に輝く肉。


 ホイホイとカゴに放り込むと、二葉先輩は楽しそうにカートを押した。もう今日は肉しか食べないぞ、という気合のものと、普段の5倍の値段をする肉を購入した。


「……一万円ギリギリだねぇ」


 支払い金額を見て、先輩が目を点にした。


「本当に良いのかな。バチ当たらない?」


「当たりませんよ。神さまだって、これくらいの贅沢許してくれます」


「ワクワク」


 その後、青果店に寄って、みかんを購入。コタツ布団をコインランドリーで回収して、かなりの大荷物で家まで帰っていく。


 やや急ぎ足で、商店街を通っていくと、前方から見覚えのあるツインテールが歩いてきていた。 


「あれ、剥不はがれずちゃん?」


 前方からヒラヒラとした服装とは不釣り合いな、大きな工具箱を持った剥不さんが歩いてくる。向こうも俺たちに気が付いたのか、バッと右手をあげた。


「おや、奇遇ぐーぜん


「やほ。剥不ちゃんも買い物?」


「うむ、アンテナ補修用の材料を買いに来た」


「あぁ、あのアンテナですか」


「特注だから、自分で直すしかない。結構、大変」


 そう言って肩を落とすと、剥不さんは俺たちの持っているレジ袋に目を留めた。


「今夜は肉?」


 しまった。

 この人、肉にはうるさいんだった。和牛買ってきましたなんて言ったら、絶対に付いてくるに決まっている。


「肉?」


「いやぁ、魚です」


「私の鼻はごまかされない。とても良い肉の匂い」


「そんな、生肉なのに……」


 剥不さんはニヤリと笑った。


「ちょうど良かった。三船二葉に試したいこともあるし、今夜は家に行っても可?」


「えぇ、ちょっとそれは……」


「コテージの恩」


 あからさまに恩着せがましい。

 何も言えずにいると、剥不さんは俺から和牛の入ったビニール袋をひったくった。


「感謝」


 困った。

 このままだと、肉の取り分が減ってしまう。

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