ラブコメの季節(11月〜)

73、二葉先輩は混乱している


 二葉先輩の様子がおかしい。


 剥不はがれずさんのコテージで、消失のことを打ち明けたのが11月の始め。


 それから彼女は、いつも以上に元気になっていた。

 決して、やせ我慢とかではないと思う。どちらかと言うと彼女は、俺に元気がないことを、ずっと気にしていた。


 だから池に飛び込んだあとは、


「あー、すっきりした」


 と晴れやかな顔をしていた。


 様子がおかしいと言っていたのは、消失とはまた別の話だ。


「おかえり、けん。ナルくん」


 まず言葉遣いが変だ。


 どういうつもりか知らないけれど、なんか妙な語尾がついている。


「今日はカブのみそ汁を作ってみたの、じゃ」


「冬らしくて良いですね」


「油揚げも入っておるんぞ」


「ところで……先輩」


「なんですの?」


「どうしたんですか」


「どうしたというのは、どういうことなんや」


「その言葉遣いですよ。どこで覚えたんですか?」


「べらんめぇ。冗談よセェ」


 どこの言葉だ。

 頭でも打ったんだろうか。心配になってきた。


「メガネ……買ったんですか」


 服の雰囲気もいつもと違う。


 どこで買ってきたのか、グラスの入っていない伊達メガネと、髪をおさげにしている。


 俺の言葉に返答する前に、先輩は出来立ての味噌汁を、指にかけてしまった。


「あちっ!」


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫! さ、さ。座って、座ってねぇ」


 いそいそと先輩が俺を席に座らせる。あまり俺と目を合わせないことも加えて、やっぱり様子がおかしい。


「い、いただきます」 


 何はともあれ、先立つものはご飯だ。腹が減ってはなんとやら、ホカホカと美味しそうに、湯気を立てるみそ汁から食べる。


「……うっ」


 口をつけた瞬間、みそ汁からは想像もつかない甘みが広がった。なんだこれ。めちゃくちゃ甘い。


「甘い……これ何か。砂糖入れました?」


「サトウ? のご飯?」


「調味料です」


「……えっ。そんなバカな」


 ハッとした顔になった先輩は。みそ汁を自分の口に入れた。


「……ううっ」


 自分の口を手で押さえると、慌てたように彼女は叫んだ。


「本当だ。ごめんごめんー!」


「どうしたんですか。ひょっとして風邪とか……?」


「ど、どうもしてないっ! 早く作り直すので! おおきに! グラッツェ!」


 もはや何がなんだか、分からない。


 キッチンに向かった先輩は、棚にぶつかって床に箸をバラバラに落としてしまった。


「ああっ」


 何か、彼女の心を乱すものがあったのは確かだ。


 ……ひょっとして。


 一つだけ思い当たるものがあった。

 あわあわとおさげ髪を揺らしながら、箸を拾う先輩にバレないように、自分の部屋に入る。


 ベッドの下。

 その奥の方に手を突っ込む。指先に缶が触れる。姉からもらったお土産のクッキー缶だ。


 フタを開く。


「やっぱり……ない」


 箱の中は空っぽだった。


 隠しておいたエロビデオ『方言地味っ子委員長ちゃんの、放課後のイケない時間(ハート)』がなくなっている。


 先輩の異変は、間違いなくこれのせいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る