74、お掃除するよ


 そもそもの発端。


「ナルくんの家にお邪魔して、もう一ヶ月以上経つんだよね」


 異変が起きる前日のことだ。夕食後、ソファに並んで、紅茶を飲みながら先輩は言った。


「流石に、図々しいよね」


「問題ないですよ。姉だってそっちの方が安全だって言ってたし。そもそも、高校生なのに一人で暮らすのは危ないってことです」


「そんなこと言ったって、光熱費だってあるでしょ。食費だって、服だってお姉さんの借りっぱなしだし……」


「減るもんじゃないですから」


「うーん。何か恩返ししたいんだけどな」


 小首をかしげて、悩んだように壁をじっと見つめた彼女は、思いついたように「あ」と声を出した。


「そうだ。じゃあ、明日から掃除の範囲を広げてみようかな。今まではリビングとキッチン周りだけだったけど、トイレとかお風呂場も、綺麗にするよ」


「そこまでしなくても、大丈夫ですよ。休みの日にやってますし」


「ううん、やりたいの」


「でも……」


「やりたいの……お願い」


 そんなうるんだ瞳でせがまれると、何も言えない。

 悪いことではないし、断って返って気を使わせるのも、逆効果な気がする。


「わかりました。でも、できる範囲で大丈夫ですよ」


「もちろん。じゃあ、明日からお手伝いさんになるね。家を綺麗にしておくから。ご飯も作るし、買い物も私が行くから」


「本当に……そこまでしなくても」


「ほんのお礼の気持ちだよ」


 ふふと、微笑んで彼女はカップを傾けた。

 確かに先輩は授業も少なくなったし、帰る時間も早くなった。正直暇なんだよね、とこの前もぼやいていた。


「じゃあ、手始めに大掃除でもしようかな」


 それからのことは大体想像つく。


 せっせと掃除をした先輩は、俺の部屋に入って、あのクッキー缶を発見した。


 さぞ、動揺しただろう。掃除機が俺の部屋に、そのままの状態で放置されている。ブルブルと震える彼女が目に浮かぶようだ。


 だけど、勘違いして欲しくないのは、あのエロビデオはもともと俺のものじゃない。


 鷺ノ宮だ。

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