72、楽しいったら楽しい



 剥不はがれずさんの指定した時間通りに、運転士はやって来た。紅葉真っ盛りの山道を抜けて、俺たちはコテージを後にした。


 二葉先輩は二日酔いの影響か、帰りの口数は少なかった。


「うっぷ」


「……もう飲んじゃダメですよ」


「はぁい……もう陽キャの真似事はやめる」


「陽キャが、みんな酒を飲んでいると思っているんですか」


「違うの?」


「違います」


 鷺ノ宮の言葉に、先輩は「そうなんだ……」と言って、遠くの方を見つめた。


 俺たちの小旅行は終わった。


 二葉先輩に打ち明けることはできた。

 そのおかげか消失しても、前みたいにうろたえることがなくなった。


 二人でいる時間も、増えた。


 放課後は必ずどこかで待ち合わせして、色々なところに行った。


 前から行きたがっていたカフェとか、近所の図書館とか、スーパーとか、ちょっと遠くの公園とか。誰かとカラオケに行ったのは初めてだった。先輩は意外と歌がうまかった。


 それから、彼女は俺のスマホで写真を撮り始めていた。前よりも頻繁ひんぱんに、シャッターを切っては記録し始めていた。


「ちょっと待ってて」


 コンビニのコピー機で写真を現像して、二葉先輩はノートにそれを挟む。


「あ、それ。まぽりん伯爵のノートじゃないですか。良いんですか、宝物なのに」


 宝物だと言っていたノート。もう手に入らない限定品を、しげも無く彼女は使っていた。


「良いの良いの。腐らせても、もったい無いし。ノートも喜んでるから」


 マスキングテープで縁取りして、綺麗に写真を貼っていく。ツーショットで撮ったはずの写真のほとんどから、二葉先輩の姿は消えていた。


「はたから見ると、男が一人でピースしている寂しい写真なのですが」


 並んだ写真を見てぼやく。


「こうやって並べると、一層悲壮感ひそうかんが増しますね」


「まーまー、その内ひょっこり現れるかもしれないし」


「そうですかねぇ」 


「きっと出てくるよ」


 先輩は嬉しそうに写真を見ていた。

 まっさらだったノートのページは、どんどん進んでいく。家に帰ると、彼女はその写真の下に、絵日記のように文章を付け足していた。


「今日もご飯が美味しかったです……っと」


「何書いているんですか」


「見ちゃダメ見ちゃダメ!」


 横からのぞこうとすると、先輩はサッと手で隠した。


「秘密」


「なんでですか」


「そんなこと大したこと書いてある訳じゃないけどさ」


 先輩は再びノートを開くと、おもむろにペンを握った。


「なんか恥ずかしいじゃん。自分の日記って」


「あー、分かります」


「私が消えてる時に、勝手に見たりしてないよね」


「……見てないですよ」


「……今度から、鍵のかかるところに入れておこう」


 深夜の観察は、まだ続いていた。


 腕の中で静かに寝息を立てる彼女を見ると、すごく安心する。


 空気が冷たいことに感謝した。彼女の温かさを、前よりもずっと丹念たんねんに感じられる。


「あったかいなぁ」


 彼女が俺の背中を手を回しながら、小さな声でつぶやいた。

 

 季節は徐々に冬へと入り始めた。


 寒々しい枯れ枝が、足元で音を立てる季節。

 彼女の消失は続いていたけれど、一緒に過ごす時間は、本当にどうしようもないくらいに楽しかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る