110、つながっているんだね(性描写あり)


 今まで聞いたことのない彼女の声を聞いた。


 いつもより少し甲高い声。


 身体を動かすたびに、彼女の呼吸が、浅く激しいものになっていく。


「ん……っ」


「ごめん……痛かったですか」


「……痛く……なくなってきた」


 紅潮こうちょうした顔の彼女は、


「大丈夫だよ」


 と目を閉じながら、小さな声で言った。


「大丈夫」


 色々なことを知った。


 話しただけでは分からないこと。彼女の身体がどんな形をしているか。


 手を繋いだだけでは分からないこと。髪の匂いと、背骨の形。


 隣にいただけでは分からないこと。耳元のささやき声。


 一緒に寝ただけでは分からないこと。俺の身体が動くたびに、二葉先輩がどんな反応をするか。


 いろいろなことが初めてばかりだった。


「……あ…………っ、ちょっ……と」


「す、すいません」


「いや、ち、ちがうんだけど。何か変な感じがして」


 何でもないよ、と彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。


 触れるたびに、出会うたびに、違う姿を見せる。


 俺はまだ、彼女の全てを知ることはできない。けれど少なくとも、最初に会った時よりかは知っている。それが今はどうしようもなく幸福だった。


「……ね……」


「……はい」


「私の名前、呼んで」


 俺の背中に手を回して、二葉先輩は俺を抱きしめた。「名前呼んでから、ギュってして」と甘えた声で言った。


 喉に溜まった唾をゴクリと飲み込む。


「……二葉」


「うん」


 身体を動かす。彼女が声を漏らす。

 今抱いている彼女は写真にさえ残らない。もし彼女が消えたら、今日の思い出は残ってくれるのだろうか。


「二葉」


 確かめるように名前を呼ぶ。それと同時に涙が伝った。


「こんなに……」


 なんで涙が出るのか分からない。


「大好きなのに」


「……な……のに?」


「どうして……」


 その気持ちを言葉にすることができない。


「ナルくん」


 俺の髪をわしゃわしゃと撫でて、彼女は小さな声で言った。


「分かるよ……言いたいこと」


「だったら」


「大丈夫、いるから……」


「いる?」


「いるよ。ちゃんと、ここに」


 涙でにじんだ瞳が、俺を見返した。


「……うん」


 彼女の身体を抱きしめる。

 不安なのは同じで、握り返す手は跡が残るくらい力が込められていた。


「……あ……」


 指で身体をなぞると、火照った身体が、さらに熱くなっていった。


 脚が動く。シーツのれる音がする。


「あの……さ」


「うん」


「私たち……本当につながっているんだね」


 嬉しそうに言った。


「……ずっと……こうして……いたいなぁ……」


 その言葉にうなずく。深く息を吐き出す。


「……う」


「……あ……」


「……なんか……」


「……うん……」


「おれ……もう……」


「……あ……っ」


 温かすぎて、何もかもドロドロに溶けてしまったみたいだった。


 長い夜はこうして終わった。その日は驚くくらい深い眠りについた。


 窓の外では静かに雪が降り積もっていた。


 二葉はこの夜、現れてから消えることがなかったようだった。朝日が昇った時、彼女は俺の隣で気持ち良さそうに、寝息を立てていた。

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