111、すてきでした


 朝になって身体を起こすと、カーテンが開いていた。


 窓際でシャツを着た二葉が、外の景色を見ていた。真っ白な雪に、朝日が照り返している。


「……おはよ」


 俺の方を振り返って、彼女は微笑んだ。


「見て、もう積もってる」


「綺麗ですね」


「昨日とは別の世界みたい」


 窓ガラスに彼女の顔が映る。


 目を閉じると、まるで外の空気を吸うみたいに、彼女は大きく深呼吸をした。


「幸せだなぁ」


「本当に」


「ナルくんもそう思う?」


「はい、何だかあっという間でした」


 昨日ベンチに座って、死ぬ思いをしたのが遠い昔のようだった。


 窓の外を見ながら、彼女はぼそりと言った。


「べ、別にあっという間じゃなかったと思うけど……」


 なぜか恥ずかしそうに、うつむいていた。


「むしろまだちょっと痛いし……」


「いや、二葉……せ」


「ん?」


 彼女に首をかしげられて、危うく「二葉先輩」と続けそうになった口を閉じる。


「二葉」


「なぁに? ナルくん」


「俺が言いたいのは違くて。昨日からの時間の話で……行為の時間じゃ」


「……あ」


 失敗した、という表情になった彼女は、サッと目を伏せた。


「ばか」


 ぱしんと俺の胸を叩いた。拳を握って、ポカポカと叩いてきた。


「ばか、ばか、ばかぁ」


「すんません」


「もー!」


「い、痛いです」


「もー! 恥ずかしー!」


 ベッドにダイブした二葉は、布団にくるまると、巨大な饅頭まんじゅうみたいになった。


「あの……」


「……ふて寝する」


 ねている。


「あの、二葉」


 何度か布団を突っつくと、隙間から彼女はひょっこりと顔を出した。


「む」


「言いたいことがあります」


「……簡潔に」


「と、とても素敵でした」


 こっちを見ている瞳が、ちょっと揺らぐ。


「とても」


 彼女の顔がササッと、布の中へと引っ込む。


 しばらく布団の中でもぞもぞしていたが、やがてむっくりと身体を起こした。


 不意に彼女はボフンと俺の身体にのしかかってきた。


「ナルくん」


 二葉が俺の上にまたがっている。俺の腕を強くつかんだ彼女は、口をもごもごとさせて、こっちを見ていた。


「は、はい」


「……すき」


 照れ臭くなるくらい真剣な顔で言って、彼女は俺の胸に頭を下ろした。


「だいすき」


 そのままスルスルと背中に手が回ってきた。ずっと窓の景色を見ていたのだろうか、脚はひんやりと冷たかった。


 心の中を奇妙なむずかゆさが走っていく。


 幸福としか言いようがない。


 あぁ、可愛い。


「俺も、だいすきです」


 俺の彼女は可愛すぎる。


 しばらく布団の中で、温め合うようにして抱き合っていた。まだちょっと疲れていたからか、身体をこすり付けあっていると、いつの間にか眠っていた。


 再び目を開けると、チェックアウトの時刻になっていた。


 荷物をまとめて、手を繋いで、駅へと向かった。


「遊園地、たのしかったな」


 帰りの電車を待つ彼女は、いつもよりずっと近くに寄ってきて、俺の手をにぎった。


 車窓からの景色も真っ白だった。

 電車がいつもより、ゆっくり進んでいるような気がした。すぐ隣で幸せそうに微笑む彼女みたいに、目に見えるもの全てが優しくて、この上なく満たされていた。

 

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