96、おかえりナルくん


 言葉が耳鳴りのように、頭の奥で響く。


「ちょっと。ナルミ、大丈夫?」


 キンキンと嫌な音を立てる。


 慌てたように呼びかける姉の声で、我に返った。


「あ……うん。聞いてる」


「あの、その子、嘘はつくような子じゃないし、適当に言って良いような話でもないからさ。たぶん……」


「……うん」


「聞くところによると、壱波いちはくんって子は、結構な妹思いでさ。お見舞いもしょっちゅう行っていたんだけど、手術後の容態が良くなくて、妹さんはそのまま……」


「……亡くなったのは、いつくらい?」


「2年前の夏くらいだって聞いたけれど」


「夏……」


 彼女が入院していたと言っていたのは、高校1年の始めと言っていた。時期的には、その辺りになる。


 三船二葉という女の子は2年前に亡くなっている。それが本当だとして、今いる二葉先輩は、果たして誰なのだろうか。


 同姓同名の全くの別人、か。


 でも消失のことを考えると、そんな単純なことではないのかもしれない。


「分かった、教えてくれてありがとう」

 

 考えても分からないし、やることは変わらない。


 事実がどうあろうが、二葉先輩はいる。消失さえ止めてしまえば、これからもずっと一緒にいられる。


「お?」


 受話器の向こうで姉が、不思議そうに声をあげた。


 どう説明するか悩んでいると、彼女はいつも通りの明るい口調に戻っていた。


「あーそっかそっか。じゃ話はそれだけ」


「それだけ?」


「ん?」


「怪しまないのか。二葉先輩のこと」


「あー……別に……」


「なぜに」


「だって、二葉ちゃんは嘘つくような子じゃないでしょ。多分、なんか複雑な事情があると見た!」


 ズバリ、と大きな声で彼女は言った。


「あ……そりゃそうなんだけど。姉貴って、オカルトとか信じるっけ」


「いや別に。血液型占いとか嫌いだし」


「そうでした」


 そういう性格だ。


「でも、不思議なことがあるのは信じるかな」


 姉は楽しそうな口調で言った。


「……というより信じていたいし。魔法とか、不思議の国とかね」


「お前……からかってるのか? ハロウィーンのこと」


「ふへへ」


 気色の悪い声で笑った。腹が立つ。


「まー、どうでも良いじゃん。二葉ちゃんは二葉ちゃんだし。何が何だかさっぱりだけど、仲良くするんだよ」


「うん」


「なんかあんたも変わったねー。ひょっとして、二葉ちゃんにあげたアレのおかげかな?」


「あれ?」


「あっ。やべっ! まだヤッてないのか。…………じゃーね!」


 ブチっと唐突に電話は切られた。


「あれ……?」


 妙に焦った様子だった。

 受話器をおくと、人の気配がした。


 振り向くと、二葉先輩がソファに座ってせんべいをかじっていた。入ってくる音もしなかったことを考えると、やはり消失していたらしい。


「おかえり、ナルくん。帰ってたんだねー」


 もぐもぐと口を動かしながら、先輩はほがらかな笑顔で言った。

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