95、二葉ちゃんのはなし


 その日、帰ると家はガランとしていた。


 先輩は午前で授業を終えているはずだったが、家にはいなかった。


 テーブルの上には開きっぱなしのノートと、冷めたコーヒー。ソファのクッションが、人1人分の形にゆがんでいる。


 それを見て、彼女の痕跡こんせきを知る。おそらく消失してから、数時間は経っている。


 やかんに火をつける。

 先輩がいつ現れても良いように、部屋の中を綺麗にして、温かいコーヒーの準備をしておく。静かな部屋に、お湯の沸騰ふっとうする音が響く。


 人が1人いなくなっただけで、家は随分と広く感じる。姉たちがいなくなった時とはまた違う、ぽっかりと抜けたような寂しさだった。


 テスト勉強をしようと、ソファに腰掛けると、家の電話が鳴った。


「あー、もしもしー、わたしわたし」


 姉だった。


「珍しいな。こんな時間に」


「テスト前だし、帰ってきてるかなーと思って。元気?」


「元気だよ」


「二葉ちゃんは?」


「まぁ、元気」


「今、近くにいる?」


「……いないけど」


 そっか、と言った姉は隠し事でもするような、小さな声で言葉を続けた。


「実は伝えたいことがあって。二葉ちゃんのお兄ちゃんのこと」


「あ。何か、分かったのか?」


 ハロウィーンの夜に、約束していたことだ。姉の人脈を使って、二葉先輩の兄の行方を探してもらっていたところだった。


「見つかったよ」


「マジで」


「うん。後輩の元カレだった。写真見たよー、なかなかイケメンだねー」


「それで……今どこにいるって」


「アメリカ」


 意外な答えだった。


「二葉ちゃんのお兄ちゃん、長期留学してるんだってさ」


「留学?」


「そう。だから日本にいないのは当然」


「そう……だったんだ」


 二葉先輩の兄はアメリカにいる。家に全然帰ってこないのは、当然だ。


 そうなると、1つ疑問が出てきてしまう。


 どうして、二葉先輩はそれを知らないのだろう。


「ナルミ」


 受話器の向こうから、姉が呼びかけてくる。その声で、我に返る。


「……あ、うん」


「何、考えていた?」


「いや……」


「分かるよ。わたしも同じことを思った。だから、聞いた」


 受話器の向こうで、姉が一呼吸置いた。その口調からただ事では無いのは十分に分かる。


「あのね、私も信じられないんだけれど」


 息をのんで、その言葉を待つ。


 何を聞いても冷静でいようと、強く受話器を握る。


「三船二葉ちゃん。つまり三船壱波いちはくんの妹さんなんだけど……」


 でも、言葉はどんな予想も超えて、


「彼女、2年前に病気で亡くなっているはずだって、その友達が言っていて……」


 訳の分からないものだった。

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