70、ずっと一緒ですから



 唇を離すと二葉先輩は、ぶるぶると震えながら俺に抱きついてきた。


「想像していたより、さむい」


 すっかり凍えてしまった先輩が、ギュッとしがみついてくる。


「消える前に死んでしまう」


「なんで、二葉先輩まで飛び込んだんですか」


「知らなーい」


 彼女のブンブンと首を横に振ると、髪に引っ付いた汚れを見せてきた。


「見て、タニシ見つけた」


「俺も服にみたいのが入ってきます」


「汚い」


「汚いですね。早く上がりましょう」


 ふふふ、と笑う彼女の身体を抱き寄せる。ふと、目が合って、もう1度唇を合わせた。


 唇の表面は冷たかった。

 口の中は温かった。


「ん……」

 

 二葉先輩は、唇を動かしながら声を漏らした。

 顔を離すと、彼女はニコッと笑った。


「良かった、さっきよりはマシな顔になっている」


「……おかげ様で」


「そうだよ。すごく心配してたんだから」


 俺の鼻の頭に自分の鼻を合わせて、先輩は言った。水滴がポトンと、頬を伝って落ちていく。


「別に剥不はがれずちゃんの言葉を信じていないわけじゃないし、ショックを受けていない訳でもないの」


「じゃあ……」


「私にはもっと怖いことがあるから」


 ザブザブと水をかき分けながら、先輩は言った。


 その身体はかすかに震えていた。


「怖いことを、想像する方が怖い」


「……想像……」


「先を見ても、ずっと真っ暗闇なの。何も見えなくて、一人ぼっちで、本当は歩かなくちゃいけないのに、怖くて、ずっと立ちすくんでいるの」


 寒くて怖いんだよ、と彼女は言った。


「この先も真っ暗だったらどうしようって。これから先も、悪いことしか起こらなかったら、どうしようって」


 池のほとりで、波がチャプンと音を立てた。


「誰もいなくなって……また一人ぼっちになったらどうしようって」


 それが私の怖いこと、とこぼした彼女は、強く俺の腕をつかんでいた。


 痛いくらいに、強く。


「だから、ナルくんのことを、そんな目に合わせたくない。私がもし消えたらなんて、考えさせながら一緒にいるのは、辛いよ」


 必死に涙を押し殺した声で、二葉先輩は言った。


 自分のことよりも、彼女はずっと俺のことを気にしていた。


 それが、彼女を傷つけていたものだってことが、ようやく分かった。


「あの」


 腰に回した手に、力を込める。


「大丈夫です。剥不さんと鷺ノ宮も手伝ってくれています。二葉先輩の消失の原因は、絶対に突き止めます」


「……うん」


「だから、そんなこと想像しなくて良いです」


「うん」


「これからもずっと一緒ですから」


「……うん!」


 彼女が嬉しそうに、大きくうなずく。


 ふと、陸の方から強い光が、俺たちを照らした。目を細めると、鷺ノ宮と剥不さんが立っていた。


「……急に水の音が聞こえたから……何が起きたのかと……」


 懐中電灯を持った鷺ノ宮が、顔を引きつらせている。剥不さんが池の中でもがく俺たちを見て、ぼそりと言った。


「心中?」


「……ち、違う違う!」


「良かった」


 服も身体もぐっしょりと濡れた俺たちは、二人の力を借りて、何とか救出された。

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