53、ご飯にする? それとも・・・


 側溝に落下した鷺ノ宮は、その日、ずっとジャージで過ごしていた。


 二葉先輩は、「カッとなってやった。当たるとは思わなかった」と供述している。後でおわびとして、購買のクッキーをあげていた。


 学校から帰ると、もう家の電気はいていた。


「おかえりー」


 制服姿のままの二葉先輩は、ソファに寝転びながら、何かのパンフレットを読んでいた。


「早いですね」


「今日は五限で終わりだから。買い物も先にしてきちゃった」


「もしかして、ご飯も作ってくれたんですか?」


「うん。居候いそうろうしている身分だし……迷惑だった?」


「そんなことないです。とても嬉しいです」


「良かった。着替えたら食べようね」


 先輩はニコッと笑って、再びパンフレットに視線を落とした。 


「何読んでるんですか」


「ぶどう」


「ぶどう?」


「ぶどう狩り」


 二葉先輩は、パンフレットを開いて見せた。秋のバスツアー、ぶどう狩りと書いてある。


「駅前でもらってきたの」


「ぶどう好きなんですか」


「好き。死ぬほど食べてみたい」


 先輩の目は、ぶどう採り放題と言う文字に釘付けになっている。


「行かない?」


「行きましょう」


「おっしゃあ」


 グッと先輩がガッツポーズをする。


「聞いたら、今週は予約いっぱいだってさ。だから来週にしよう」


「来……週」


「何か予定あるの」


「いえ。なんでも」


 先輩が身体を起こす。

 何かに勘付いたようだった。


「そっか。もうすぐ中間テストだ」


「……ですね」


「もう二年生だよね。ちょっと私に、成績見せてみなさい」


「大丈夫です」


 そう言っても、先輩は俺に手を差し出してきた。


「渡しなさい」


「ぶ、ぶどう狩り行きたいんじゃないんですか」


「それはいつでも行けるけど、テストも大事でしょ。補習で冬休みも学校行きたいのかい」


「そ……れは」


 いやだ。

 しかし最近の成績の凋落ちょうらくっぷりを見られるのは、もっと嫌だ。


「きっとがっかりしますよ」


「がっかりしないよ。どうせ、ノートを見せてくれる友達もいないんでしょ」


「……うっ」


「だから、はい。どの教科が悪いか見せて。苦手科目なら、私が教えてあげるから。これでも私は成績が良いんだ」


「がっかりしないって約束してくれますか」


「しないよぉ」


 彼女は笑って首を横に振った。


 タンスの中に隠しておいた、一学期の期末テストの結果を、先輩に渡す。


 ニコニコしていた先輩の顔が、凍りつく。


「……あっちゃあ。ダメだこりゃ」


 ほとんど全科目、赤点ライン。


「ぶどう狩りは、お預けだねぇ……」


 先輩はがっくりとうなだれた。

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