34、俺の家に泊まれば


 着信の後、二葉先輩の最寄駅へと急いだ。

 改札を出て駅のロータリーを見回すと、彼女は街路樹の下のベンチにちょこんと座っていた。


「先輩」


 声をかけると、先輩が顔を上げた。電話での声色の通り、憔悴しょうすいしきった表情だった。


「どうでした?」


「ダメだった」


 先輩は首を横に振った。


「家の鍵、見つからなかった」


 がっくりと肩を落として、先輩はため息をついた。

 俺と別れて、自分の家まで帰った先輩は、そこでカバンの中にしまっておいた家の鍵がなくなったことに、気がついたらしい。


「お化け屋敷に落としたのかなぁ」


「遊園地には電話しましたか?」


「うん。どこにもないって。警察にも行ったけど、やっぱりダメだった」


 二葉先輩は絶望したような、表情で言った。


「困ったなぁ。お兄ちゃんと、全然連絡繋がんないし」


「家のどこかに、開けられそうな扉とかないんですか」


「無い。裏口は別に鍵があるの」


「……そうですか」


「このままだと家に入れない」


 先輩はうーんとうなった。


「どうしよう。お金もないし」


「きっと見つかりますよ」


「でも、このままだと野宿するしか無いよう」


「そんなことある訳ないじゃないですか。確か……鍵をなくした時に開けてくれる業者があったはずです」


「そんな便利なものがあるの?」


 先輩はパァッと目を輝かせた。


「はい。姉が一度呼んでました。身分証明書とか必要ですけど。保険証とか持ってます?」


「……全部、家の中」


「何か住所の書いてあるものは……?」


「ない。カードは靴屋のスタンプカードしかない」


「スタンプカード……」


「だめ?」


「たぶん。ダメです」


 先輩の目がくもっていく。


「無理、かな?」


「誰か頼りになりそうな親戚とか……近所の人とか……」


「いない。連絡の取れないお兄ちゃんしかいない」


「き……厳しいですね」


 先輩の目から光が消えた。

 うなだれた先輩は、しばらくすると、ゆっくりと立ち上がり、駅とは反対の方向へと歩き始めた。


「ど、どこに行くんですか?」


「公園で寝る。カラスと一緒に、燃えるゴミを食べる」


「修羅の道すぎる。落ち着いてください」


「でも、どうすれば……」


 くるりと振り向いた先輩は、困り果てた顔で言った。家もなく、金も無く、友達もいない未成年。 


 少し考える。

 いや、考えるまでもない。選択肢は一つしかない。


「何か思いついたの?」


 俺の表情で察したのか、先輩が首を傾げた。


「思いついた顔だね」


「……まぁ」


「なぁに?」


 先輩が期待したように言う。

 果たして、これで良いのだろうか。


 頭をよぎった、躊躇ちゅうちょの二文字を押しのけて、口を開く。


「……俺の家に泊まれば良いんですよ」

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