33、へるぷみー



 帰りの電車で、ぼうっと外の景色をながめていた。


 夕日で真っ赤に染まった街が、通り過ぎていく。


 唇が触れた部分が、まだ熱い。


 感触が、まだ残っている。


 遊園地を出てから、どうやって帰ってきたのか、曖昧あいまいだった。先輩は俺の二駅前で降りていた。


 おでこにキスをされただけなのに。もう、頭がおかしくなってる。


 ポケットには、くしゃくしゃになったメモ帳がある。


 どのアトラクションに行こうとか、昼は何を食べようとか、会話が止まった時のやり過ごし方とか、ガイド本から書き写した効率の良い周り方とか。


 途中から、存在すら忘れてしまっていた。


 メモ帳を書いたことすら忘れて、ただ二葉先輩に引っ張られて、一日が終わってしまった。ルートはめちゃくちゃ。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。ジェットコースターだけは割に並ぶから、早めに行った方が良いと書いてあったのに、すっかり忘れて待つ羽目になってしまった。


 お昼ご飯も、腹が減るまで食べることすら忘れていた。


「……早かった」


 一日が早すぎる。


 気がつくと、降りるべき駅を、二駅くらい過ぎてしまっていた。


 上の空も良いとこだ。


 脳裏をよぎるのは、笑顔の二葉先輩、お化け屋敷で逃げ回る二葉先輩、観覧車でスッと近寄ってきた二葉先輩。


 身体の隅々まで、埋め尽くされている。甘すぎる。頭がずっとポワポワしてる。


 電車から降りて、改めて電車に乗り直すため、ホームで待つ。


 視界がボヤッとして、線路の先の電線がやたらと複雑に見える。遠くの方に、踏切が見えて、陽炎かげろうで揺れるその場所で、多くの人が渡っていた。


 たぶん、この線路を渡った先に二葉先輩の家がある。


 ピョンとホームから飛び降りて、走っていけばきっとそこにある。


 思ったことは、自分でも恥ずかしくなるくらい、率直そっちょくな感想だった。


「もうちょっと、一緒に居たかったな……」


 いつまで経っても、帰りたいと思えない。

 もう少し余韻よいんに浸っていたい。


 いい加減にしないと。

 顔がニヤニヤしてしまう。


 妄想にふけっていると、スマホが鳴った。


 知らない番号だった。


「もしもし?」


「あ、もしもし!」


 その声は、随分と慌ただしかった。ドタンバタンと音がして、さっき別れたばかりの先輩の声が聞こえた。


「ナ、ナルくん?」


 かなり動揺しているようだった。


「先輩?」


「あぁ、良かった!」


 どこからかけてきているのか、分からないが、彼女の周りはやたらとノイズが多かった。二葉先輩自身の声も、少し遠い。


 言っている内容も、要領を得なかった。


「大変なことになったの。私、今、公衆電話で電話している。ナルミくんの、番号覚えておいて良かった」


「公衆電話? 一体どうして……」


「お願い。た、助けて!」


 二葉先輩が、受話器の向こう側で叫んだ。

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