28、初デートです


 土曜の駅前は、晴れ晴れとした良い天気だった。


 行楽日和とあって、人通りは多い。ベンチに座ってその時を待つ。約束の時間は、午前9時。


 予定通り、その10分前に俺は到着していた。


「ナルくん!」


 視線を上げる。


 いつの間にか、先輩は俺を略称で呼ぶようになっていた。


「お待たせー。まった?」


「いえ……俺も今来たところです」


 二葉先輩は、赤茶色のカーディガンと、下は白のロングスカートをいていた。制服以外の格好を、見るのは初めてだった。


 編んだ髪を、後ろの方で束ねている。


 とても可愛い。


「ナルくん」


「あ……はい」


「ジロジロ見過ぎ」


 先輩は、恥ずかしそうに頬を膨らませた。


「そんなに変かな。わたしの格好」


「いや、そんなことないです。すごく可愛いです」


「ば……ばか。こんなところで、何言ってるの」


 先輩は、ボンと自分のカバンを俺に押し付けた。


「罰として荷物持って」


「罰……?」


「わたしをジロジロ見た罰だよ」


「……見ちゃダメなんですか」


「と、時と場合によるでしょ!」


 慌てた様子で、二葉先輩はてくてくと歩き始めた。そのまま改札にバターンと、行く手をふさがれた。


「うひゃ!」


「先輩?」


「……切符……忘れてた」


 顔を赤らめながら、彼女は俺の腕からカバンを取った。


 目的の遊園地までは下り電車を乗り継ぎ、市街地を出た先にある。小さい頃に何度か行った。昔からある遊園地だ。


「人があんまりいないことは確かです。代わりにあんまりクオリティは、保証できないですけど」


「良いよ良いよ。楽しみだー。わたし遊園地初めて行くし」


「……本当に、行ったことないんですか?」


「ないない。あ、もっとちっちゃい頃はあるかな。でも、小さ過ぎて乗り物に乗れなかったし……」


 端っこの座席にちょこんと腰を下ろして、先輩は言った。


「一緒に行く友達いないから。一人で遊園地はちょっとハードル高いし」


「俺もです。まさか、誰かと行く日が来るとは思いませんでした」


「私も。外出久々過ぎて、キョロキョロしちゃう」


 言葉の通り、二葉先輩は電車に揺られながら、ずっと辺りを見回していた。カタンと揺れるたびに、肩が触れたり離れたりした。


 ちょこんと触れるたび、なんか落ち着かない。


 電車からバスに乗り換えて、遊園地に到着したい。家族連れの姿はあったが、それも休日にしては、やはり少ない。


「うおー、絶妙に人がいないねぇ」


 園内に入った先輩が声をあげる。

 入り口の看板が色あせていることから分かるように、アトラクションのほとんどはくたびれている。バブル時代に勢いで建ててしまって、結局採算が取れなかったとかなんとか。


「まさか、これほどとは……」


 想像以上だ。

 子どもの時に来た以来だから、ここまで寂れてしまったとは思わなかった。初デート先として、これで良かったのだろうか。


 不安になって、ちらっと二葉先輩の方を見る。予想に反して、彼女は目をキラキラと輝かせていた。


「良いね。完璧だよ、ナルくん」


「本当ですか」


「もちろん」


 彼女は元気よくうなずいた。


「だって……たくさん遊べるよ!」


 まじり気ない笑顔で二葉先輩は言った。

 そしてその宣言通り、二葉先輩はのろのろ動くローラーコースターにも、大はしゃぎで楽しそうに声をあげて、笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る