6、お弁当を交換しよう


 次の日から、トイレに行くことはなくなった。昼休みが始まると、俺は迷わず屋上へと向かうようになった。


「や、おはよう」


 扉を開けると、二葉先輩は手を振った。


「おはようございます」


 先輩の隣に腰掛ける。


 どれだけ早く授業が終わっても、先輩は決まって俺より先にいる。 


「今日も良い天気だねぇ」


 そして、いつも焼きそばパンを食べている。


「毎回、焼きそばパンで飽きないんですか」


「飽きないよ。好きなんだもん。ナルミくんは?」


「あまり。炭水化物と炭水化物を合わせるのはちょっと」


「美味しいのに」


 二葉先輩は、焼きそばパンにかぶりついた。

 まぽりん伯爵の話で気が合った俺たちは、少しずつ互いのことについて話すようになっていった。


「ナルミくんは、どうしてぼっちなの?」


 先輩は無邪気な笑顔で、聞いてきた。


「普通に話しやすいのに」


「そう言うの先輩だけですよ。人とあまり話が合わないんです。俺はなるべくしてぼっちです」


「なるべくして……」


 先輩はうーんと悩ましげにうなった。


卑屈ひくつだねぇ」


「ぼっちは卑屈になるんです」


「まぁ、分かるかも」


 焼きそばパンを食べ終わった彼女は、包み紙をクシャッとまるめて、ビニール袋の中に入れた。


「そう言う先輩は、どうしてぼっちなんですか?」


 牛乳パックにストローを突き刺した彼女に、問いかける。


「普通に友達とかできそうなのに」


「そうかなぁ」


「少なくとも、俺よりはまともな性格していますよ」


 そう言うと、二葉先輩は空を目を見上げた。


「ふ」


「なんですか、遠い目して」


「私くらいのレベルになると、友達なんて必要ないのさ」


「それは強がりですよね」


「……できないもんは、できないんだよ」


 彼女はハァとため息をついた。


「昔から貧血気味で保健室通いだったから、馴染むに馴染めなくてね……」


 二葉先輩はズーンと下を向いていた。

 そう言われて、彼女の身体を見ると、やや痩せすぎている気がした。


「焼きそばパン以外も食べなきゃダメですよ」


「なぜに」


「同じものばっかり食べていると、栄養がかたよりますから」


「焼きそばパンには紅ショウガが……」


「紅ショウガって野菜なんですか?」


「……知らないよ」


 むぅ、と二葉先輩は口をとがらせた。すると何を思い立ったのか、俺の手をつかんだ。


 指がからむ。


「ちょっと、先輩……!?」


「貸して」


 俺の持っていた箸をひったくると、二葉先輩は俺の弁当箱の卵焼きを奪った。


「いただき」


 ヒョイっと自分の口のなかに放り込んだ。


 ごくんと飲み込むと、パァッと顔を輝かせた。


「何これ、おいしい」


「……俺の卵焼き」


「栄養をもらった」


 頬をゆるませて、彼女は言った。


「美味しすぎる」


「そうですかね」


「美味しいよ。ねぇ、今度からお弁当のおかず分けて。代わりに焼きそばパン一口あげるから」


「……えぇ」


「お願い」


 二葉先輩はそう言って俺に身体を寄せた。そして手を伸ばすと、小指を突き出した。


「……お願い」


 キラキラと輝く瞳が俺を見る。目を合わせることができない。自分の指を伸ばすだけで、やっとだった。


「……はい」


「ゆーびきりげんまん……」


 二葉先輩の楽しそうな声に合わせて、指が揺れる。俺の手より幾分か小さい彼女の手は、やっぱりひんやりと冷たかった。


「指切った」


 予鈴が鳴る。自然と指が解けていく。二葉先輩が誇らしげに小指を振りながら、口を開く。


「心配してくれて、ありがとう」


「…………俺、そろそろ行きます」


「うん、授業頑張って」


 二葉先輩がひらひらと手を振って、俺を見送る。屋上の扉を閉じると、校舎の中はじんわりと蒸し暑かった。


 ひたいの汗をぬぐう。


「くそ……毒が」 


 合わせた指の感覚は、放課後まで消えなかった。

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