3、二葉先輩
「……一年生?」
「二年です」
「初めて見る顔だ……」
二葉先輩はそう言って、口をもぐもぐ動かした。
俺も先輩の顔を見るのは初めてだった。部活や委員会にでも入っていないと、上級生との接点はほとんどない。
俺は二葉先輩から少し離れたところで、自分の弁当を広げた。夏休みは終わったばかりだったが、外はまだまだ暑かった。
「……むしゃ」
「……もぐ」
しばらく無言で、互いの昼ごはんを食べる。「一緒に食べよう」と誘われて、近くに座ったは良いものの、気まずいのには変わりない。
早く食べ終わって立ち去ろう。
ちらりと振り向くと、彼女はすでにパンを食べ終わって、飲むヨーグルトを飲んでいた。
そしてこっちを見ていた。
「君、えーと……」
ストローを口に含みながら、彼女は何か言いたそうにソワソワしていた。
「名前……」
「……鐘白です。鐘白鳴巳」
「ナルミくん、だね。私は二葉。三船二葉」
うんとうなずいて、彼女は言った。
「どうして、この屋上に?」
「まさか開いているとは思わなくて。たまたまです」
「いつもはどこで食べてるの?」
「……教室」
俺が視線をそらすと、先輩はスススと近寄ってきて、少し近くに腰を下ろした。
「本当?」
「……本当です」
疑わしげに俺のことを見ると、肩をすくめて言った。
「分かった、トイレだ」
「どこだって良いじゃないですか」
「かわいそうに」
同情するように見られるのが、納得いかない。
「……先輩だって、ぼっち飯じゃないですか」
「ううん。私は違うよ」
飲み終わった紙パックを、先輩は両手でクシャリと潰した。
「私は好きで、この場所でお昼を食べているから」
「どうして教室で食べないんですか」
「えーとね……」
「友達はいるんですか」
「……いないけど」
「ぼっちですね」
「……うん」
認めてくれた。
だが、彼女は彼女なりに思うところがあるらしく、ぷうっと頬を膨らませると、自分の胸に手を当てて言った。
「でも、私は君よりぼっち歴長いから」
「……はぁ」
「これを見なさい」
彼女はポケットから小さな銀色の鍵を取り出した。
「なんですか?」
「この屋上の鍵」
「どうやって手に入れたんですか……?」
「その辺に落ちてた。はい、手出して」
二葉先輩は、俺の手を
触れた肌はひんやりとしていた。その冷たさに、思わずドキリとする。
「これを君にあげる」
「……良いんですか?」
「もう一つあるから」
彼女はにっこりと笑って、全く同じ形の鍵を、胸ポケットから取り出した。
「あげるよ。食べる場所ないんでしょ」
「……でも」
「ん?」
「邪魔じゃないですか。俺がいたら」
「そんなことないよ。だって君はぼっちだもん」
予鈴が鳴った。
彼女が俺の顔をのぞき込んでいる。
「ぼっちは助け合うもんだよ」
俺はこのとき、初めて二葉先輩の顔をちゃんと見た。
声の印象よりも、ずっとはっきりした顔立ちをしている。
正直、可愛い。
「一応……いただきます」
平静を
「来るかは約束できませんけど」
「まぁまぁ、強がらないで」
「先輩は行かないんですか。授業、始まりますよ」
「三年だから。次は六限」
二葉先輩は大きなあくびをした。そして日陰になった給水塔の裏に行くと、そこにもたれかかった。
「お昼寝する」
「……そうですか」
うたた寝をし始めた二葉先輩を後にして、俺は屋上の扉を閉めた。
来た時と同じ、ほこりっぽい階段を降りていく。ポケットにしまった小さな鍵が、チャリチャリと音を立てる。
やけに重くて、触れるとほのかに温かった。
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