3、二葉先輩

 

 三船二葉みふねふたば、高校三年生、肩まで伸びた茶色がかった髪、身長155センチ、やせ型、やや短めのスカート。小さめの口と、いつもキョトンとしたような黒目の大きな瞳。


「……一年生?」


「二年です」


「初めて見る顔だ……」


 二葉先輩はそう言って、口をもぐもぐ動かした。


 俺も先輩の顔を見るのは初めてだった。部活や委員会にでも入っていないと、上級生との接点はほとんどない。


 俺は二葉先輩から少し離れたところで、自分の弁当を広げた。夏休みは終わったばかりだったが、外はまだまだ暑かった。 


「……むしゃ」


「……もぐ」


 しばらく無言で、互いの昼ごはんを食べる。「一緒に食べよう」と誘われて、近くに座ったは良いものの、気まずいのには変わりない。


 早く食べ終わって立ち去ろう。


 ちらりと振り向くと、彼女はすでにパンを食べ終わって、飲むヨーグルトを飲んでいた。


 そしてこっちを見ていた。


「君、えーと……」


 ストローを口に含みながら、彼女は何か言いたそうにソワソワしていた。


「名前……」


「……鐘白です。鐘白鳴巳」 


「ナルミくん、だね。私は二葉。三船二葉」


 うんとうなずいて、彼女は言った。


「どうして、この屋上に?」


「まさか開いているとは思わなくて。たまたまです」


「いつもはどこで食べてるの?」


「……教室」


 俺が視線をそらすと、先輩はスススと近寄ってきて、少し近くに腰を下ろした。


「本当?」


「……本当です」


 疑わしげに俺のことを見ると、肩をすくめて言った。


「分かった、トイレだ」


「どこだって良いじゃないですか」


「かわいそうに」


 同情するように見られるのが、納得いかない。


「……先輩だって、ぼっち飯じゃないですか」


「ううん。私は違うよ」


 飲み終わった紙パックを、先輩は両手でクシャリと潰した。


「私は好きで、この場所でお昼を食べているから」


「どうして教室で食べないんですか」


「えーとね……」


「友達はいるんですか」


「……いないけど」


「ぼっちですね」


「……うん」


 認めてくれた。

 だが、彼女は彼女なりに思うところがあるらしく、ぷうっと頬を膨らませると、自分の胸に手を当てて言った。


「でも、私は君よりぼっち歴長いから」


「……はぁ」


「これを見なさい」


 彼女はポケットから小さな銀色の鍵を取り出した。


「なんですか?」


「この屋上の鍵」


「どうやって手に入れたんですか……?」


「その辺に落ちてた。はい、手出して」


 二葉先輩は、俺の手をにぎると、無理やりその鍵をねじ込んできた。


 触れた肌はひんやりとしていた。その冷たさに、思わずドキリとする。


「これを君にあげる」


「……良いんですか?」


「もう一つあるから」


 彼女はにっこりと笑って、全く同じ形の鍵を、胸ポケットから取り出した。


「あげるよ。食べる場所ないんでしょ」


「……でも」


「ん?」


「邪魔じゃないですか。俺がいたら」


「そんなことないよ。だって君はぼっちだもん」


 予鈴が鳴った。

 彼女が俺の顔をのぞき込んでいる。


「ぼっちは助け合うもんだよ」


 俺はこのとき、初めて二葉先輩の顔をちゃんと見た。

 声の印象よりも、ずっとはっきりした顔立ちをしている。


 正直、可愛い。


「一応……いただきます」


 平静をよそおい鍵をポケットにしまって、立ち上がる。


「来るかは約束できませんけど」


「まぁまぁ、強がらないで」


「先輩は行かないんですか。授業、始まりますよ」


「三年だから。次は六限」


 二葉先輩は大きなあくびをした。そして日陰になった給水塔の裏に行くと、そこにもたれかかった。


「お昼寝する」


「……そうですか」


 うたた寝をし始めた二葉先輩を後にして、俺は屋上の扉を閉めた。


 来た時と同じ、ほこりっぽい階段を降りていく。ポケットにしまった小さな鍵が、チャリチャリと音を立てる。


 やけに重くて、触れるとほのかに温かった。

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