2、お昼休みなんて大嫌い


 鐘白鳴巳かねしろなるみ、高校二年生、身長168センチ、やせ形、帰宅部。趣味は特になし。恋人、友人なし。長所なし。


 自分のプロフィールの、あまりの中身の無さにゾッとする。


 ちなみ短所はすぐ出てくる。コミュ障。

 嫌いなものは、休み時間。


 とりあえず机に座っておけば、一日が過ぎる高校生活に当たって、休み時間は異物だ。


 特に昼休み。


 誰とお昼ご飯を食べるか、当人の交友関係が試されている。俺のような陰キャぼっちにとっては、地獄の時間だ。


 一人で教室で食べようものなら、嫌でも他人の目が気になるし、もちろん一緒に食べる友人もいない。最悪だ。


 唯一の隠れ家が、東校舎一階の男子トイレ。

 校内で一番古いそのトイレは、染み付いた異臭のせいで誰も近づかない。下水と芳香剤ほうこうざいの混じったクソみたいな匂いだ。


 その匂いの中、俺は毎日、弁当を食べている。


 他のトイレで、人の気配にビクビクしながら、飯を食べるよりは、まぁ落ち着ける。


 イヤホンで耳を塞ぎ、まぽりん伯爵はくしゃくという、売れない声優のゲーム実況を見るのが、日課になっている。


『ありがとうなのじゃー!』


 登録者数三百人。


 俺なんかがコメントをしても返してくれる。それが小さな幸せ。これで地獄の時間は乗り切れるはず……だったのだが。


【水漏れのため、このトイレの使用をしばらく中止します】


 急転直下。

 隠れ家は閉じられた。


 しばらく、とはいつまでのことだろうか。一日? 一週間? 一ヶ月? 


 どちらにせよ死活問題だった。


「はぁ……」


 張り紙の前でため息をつく。


 今から教室に戻るのはあり得ない。新しい安息地を見つけなきゃいけない。


 トボトボと階段を上がっていく。

 まさかここまで友達ができないとは、思っていなかった。コミュ障に対して、世界はあまりにも無情だ。


 何をするにも一人。

 楽しそうなクラスメイトを横目に見ながら帰宅する。俺の青春の日々は、ドブみたいな灰色だ。


 せめて落ち着いて、お昼ご飯を食べる場所が欲しい。


 どこか良い場所はないものかと、校舎内を放浪していると、屋上に繋がる薄暗い階段にたどり着いた。


 ……ここなら人目を避けることができるかもしれない。


 誰かがいる様子はなく、踊り場には掃除用のモップや、逆さまになったバケツが雑然と置かれている。


 そこを過ぎると扉があった。


 誰もいない代わりに、半開きになった扉の隙間からは、青空が見えていた。


「……開いてる」


 先生か、あるいは生徒がいるのか。


 確かめてみようと、恐る恐る扉をのぞく。


「ん?」


 キィという音に、屋上にいた人影がこちらを振り返った。


 そこで出会ったのが、さっき言った、焼きそばパンを吹き出した彼女。


 隠れて、屋上に入り込んでいたもう一人のぼっち。二葉先輩だった。

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