第50話 Afternoon tea

交渉こうしょうえて帰ろうとした美野里みのりを引きめたのは、友梨佳ゆりかの母だった。


美野里みのりさん、せっかくたずねて来てくれたのだから、少しお話ししない?」


友梨佳ゆりかの母は、蘭堂らんどう家のサンルームに美野里みのりまねれた。


サンルームは蘭堂らんどう家のプライベート空間であり、よほど親しい客でない限り、招待される事は無い。


ましてや初対面しょたいめんの人間がサンルームに招待されるなど、通常は決してあり得ない対応である。


そしてこれが蘭堂らんどう家にとって破格はかく歓待かんたいである事は、美野里みのりには一切いっさい知らされていない。


かなり後になってから、彼女は真実を知る事になる。


「そこに座っていてくれる?今、お茶を持ってくるから。」


「どうぞおかまいなく」


しばらくして、ティーセットを持った女性と共に、友梨佳ゆりかの母が戻って来た。


「熱いから気を付けてね。」


「ありがとうございます。」


おだやかな天気の中、サンルームで飲む紅茶は、先程までの交渉こうしょう緊張きんちょうをほぐしてくれる。


「あなたの事は娘からよく聞いていたし、初めて会った気がしないわ。」


友梨佳ゆりかさんが私の事をですか?」


「ええ、そうよ。自分に初めて親友が出来たと喜んでいたわね。」


「そうですか、彼女がそんな事を・・・」


友梨佳ゆりかの母も交渉こうしょう同席どうせきしていたが、自分の夫と美野里みのりが話している間、全く口をはさむ事はなかった。


「ごめんなさいね、強引な人でびっくりしたでしょう?」


「いいえ、蘭堂らんどうグループを率いるトップであれば、あれくらいは当然です。」


「あの人、あなたの事が相当気に入ったみたい。」


「分かるのですか?」


「もう20年近く一緒にいるのよ。態度を見れば分かるわ。」


「生意気な小娘こむすめきらわれたかと思っていたので、安心しました。」


「あの人はああ言ったけど、あなたが蘭堂らんどう家にしばけられる必要は無いのよ。」


「いえ、約束は約束ですから。」


「それにしても、お兄さんのために自分の将来まで決めてしまうなんて、本当にお兄さんの事が好きなのね。」


「・・・・・・」


「血のつながった妹では、どうしようもないものねぇ・・・あなたもつらいわね。」


美野里みのりは複雑なみを浮かべると、言葉を返す。


「兄は私の事をとても大切に思ってくれてますし、私はそれで十分です。兄が幸せであれば、私も幸せですから。」


「そう思えるようになるまで、ずいぶんかかったでしょう?」


友梨佳ゆりかの母は美野里みのりつつむように言葉を重ねる。


「大丈夫、いつかあなたにも春が来るわ。」


「・・・ありがとうございます。私、奥様とお話できて、本当に良かったです。」


美野里みのりの目はうるんでいた。


「フフッ、やっと高校生らしい顔になったわね。あなたは強い子で、誰にも弱みを見せたくないんでしょうけど、気を張り過ぎても疲れてしまうわ。いつでも話し相手になってあげるから、またいらっしゃい。」


「はい。私、本当の意味で蘭堂らんどう家を支えているのが誰なのか、はっきり分かりました。奥様がいらっしゃる限り、蘭堂らんどう家は安泰あんたいです。」


美野里みのりは、そう断言するのだった。

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