第49話 Negotiations

日曜日の午後


美野里みのりは約束通りの時間に田園調布でんえんちょうふ蘭堂らんどう家をおとずれた。


応接室にとおされた美野里みのりを待っていたのは、友梨佳ゆりかの父親である。


「始めてお目にかかります。私は鷹飼御門たかがいみかどの妹の鷹飼美野里たかがいみのりと申します。本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。」


「一体何の話かな?」


「話というのは、私の兄である鷹飼御門たかがいみかどの事です。」


「ふん!やはりな。あの男にたのまれたか?」


「いいえ、兄はそのような人間ではありません。私が自分の意志で蘭堂らんどうさんと交渉こうしょうするために参りました。」


「この俺と交渉こうしょうだと?・・・面白い。」


蘭堂らんどう社長がご心配されているのは蘭堂らんどうグループの将来、特にあとぎの問題ですよね?」


『ほう・・・』


余計な前置まえおき無しで、いきなり核心かくしんに切り込んできた美野里みのりに対して、友梨佳ゆりかの父は新鮮しんせんおどろきを覚える。


経営者として無駄をきらう彼は、前置まえおきが長い人間がきらいだった。


確かに後継者こうけいしゃ問題は、結婚に反対する表向きの理由としては正しい。


「お前はあの男に蘭堂らんどうグループの経営をまかせられると思うか?」


「無理ですね、それは。」


「そうだろう?だったらどうする?」


蘭堂らんどうグループの経営は二人の子供に行ってもらいます。」


「何だと!?」


「二人には結婚してもらって、生まれた子供に蘭堂らんどう社長が直接英才教育をほどこせば、あとぎの問題は解決します。そのためには、結婚は一刻も早い方が望ましい。」


「子供が出来なかったらどうする?」


「確かに結婚したからといって、子供が出来る保証はありません。しかしそれは友梨佳ゆりかさんが誰と結婚しても起きうる事態です。今回の件とは別の問題と考えるべきではないでしょうか?」


「なるほどな。では子供の出来が悪かったらどうする。」


「これは友梨佳ゆりかさんに子供をたくさん生んでもらう事で解決します。複数の子供の中で、一番適性の高い子供を後継者こうけいしゃにすれば良いでしょう。」


友梨佳ゆりかの父は、目の前の少女の提案に非凡ひぼんなものを感じていた。


百戦錬磨ひゃくせんれんまである友梨佳ゆりかの父から見れば、提案の中身に不備はある。


それでも彼女は問題の核心かくしんを理解した上で、合意が得られた場合のメリットを明示めいじし、相手に譲歩じょうほを求めるという、交渉こうしょうの基本をきっちりと押さえていた。


何よりまだ高校生の美野里みのりが、自分に対して全く物怖ものおじする事なく、打てばひびく対応をする事に友梨佳ゆりかの父は好感こうかんを持った。


そして彼は、いつの間にか美野里みのりとの交渉こうしょうを楽しんでいる自分を発見する。


友梨佳ゆりかの父は経営者として、一流の人物である。


その立場上、数多くの人間とせっしてきた彼は、美野里みのりに対してきわめて高い評価を下す。


『この少女はすじがいい。はらわっているし、機転きてんく。手元に置いてみっちりきたえれば、俺の片腕かたうでになるかもしれん・・・』


しかも彼女の場合、結婚が成立すれば兄を人質ひとじちに取られる事になるため、そばに置いても裏切る心配は無いに等しい。


蘭堂らんどう家のために、誠実に働いてくれるはずだ。


友梨佳ゆりかの父の決断は速かった。


「よし、それでは取引だ。まず、お前の兄には蘭堂家の婿むこ養子ようしに入ってもらう。そしてお前は秘書として俺の仕事を手伝ってもらう。この条件がめるなら、今回の結婚を認めてやろう。」


「分かりました。兄の説得せっとくは私がいたします。でも私自身はまだ高校生なので、卒業するまでは仕事を手伝うと言っても、放課後が中心になってしまいますが、かまいませんか?」


「役立たずの兄に代わって、お前が兄の分まで蘭堂らんどう家のために貢献こうけんするというのだな。」


「お望みであれば。それからもう一つ、兄は役立たずではありません。」


友梨佳ゆりかの父は満足そうにニヤリと笑うと、美野里みのりに結論を伝える。


「よし、いいだろう。その代わり大学に入ったら、本格的に仕事を手伝ってもらうぞ。」


こうしてわずか10分程で交渉こうしょうは成立し、御門みかど友梨佳ゆりかの結婚は本決まりになった。

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