第48話 Permission to marry Ⅱ

「お父様の馬鹿!大嫌い!」


激怒げきどした友梨佳ゆりかは部屋から出て行ってしまう。


友梨佳ゆりかの父は、ほうけたように言葉を失っていた。


先に口を開いたのは友梨佳ゆりかの母である。


「自分の娘に初めて大嫌いと言われて、ショックを受けてるようですね?」


「・・・俺は反対だからな。」


友梨佳ゆりかはあなたに似て頑固者がんこものですから、反対したって聞くものですか。こうなってしまっては手に負えませんよ。」


「大体、美大の絵描えかきなんて、蘭堂らんどう家の役には立たん。」


往生際おうじょうぎわの悪い友梨佳ゆりかの父に対して、友梨佳ゆりかの母はさとすように語りかける。


「役に立つか立たないかではなく、友梨佳ゆりかと仲良くやれるかどうかの方が大切です。家の発展は、まず夫婦円満から。あの子が自分で気に入った相手を見つけてきたんですから、それで十分ではありませんか。」


「相手が悪い男だったらどうする?」


「私は友梨佳ゆりかから紹介してもらって、実際に会いましたけど、彼は少なくとも言葉たくみにあの子に近付いて、蘭堂らんどう家に加わろうという野心家ではありません。私と話をした時も、彼は私に取り入ろうとか気に入られようとかする素振そぶりは全く無く、とても自然体しぜんたいでした。たぶん彼は蘭堂らんどう家の一人娘と結婚するという事の意味が良く分かっていないのでしょう。」


「ほら見ろ!だったらお前も反対すべきだ。」


「いいえ、それは後からでも勉強できます。私だってあなたと結婚した時には、蘭堂らんどう家の嫁になる意味なんて分かっていませんでしたよ。私が気にしていたのは、それ以前の部分です。」


「それ以前の部分?」


「彼が人として誠実かどうかという部分です。こればかりは後からどうこう出来るものではありません。」


「女子高生をたぶらかすような男が誠実だと言うのか?」


「私、人を見る目はあるつもりですよ。彼は表裏おもてうらの無い人間です。だから彼は表参道おもてさんどうで赤の他人である友梨佳ゆりかを助けてくれました。」


友梨佳ゆりかに近付こうという下心したごころで助けたのかもしれん。」


「違います。その時の話を友梨佳ゆりかに聞いたら、彼はあの子を助けた後に下の名前しか告げずに去ってしまったそうです。もしあの子に近付くのが目的なら、絶対にあり得ない行動ですよ。つまり彼はただ困っている人がいたから助けた。自分の損得なんて最初から考えていなかったんでしょう。」


「誠実な男だったら他にもいる。」


「あなたのおっしゃる通り、誠実な人間は彼だけではありません。でも友梨佳ゆりかが気に入った相手という条件が加われば話は違ってきます。」


「・・・・・・」


「それに世の中には娘がいつまでもお嫁に行かずに悩んでいる御家庭が山ほどあるそうですから、それに比べれば結構な事じゃないですか?私はあの子が良い相手を選んでくれてホッとしていますよ。」


「しかしだなぁ、可愛い娘をこれほど早く手放す事になるとは思わないじゃないか・・・」


「別にあの子が死ぬわけじゃあるまいに、何言ってるんですか。」


「なぁ・・・お前はさびしくないのか?」


友梨佳ゆりかの母は、にっこりと微笑ほほえむと、夫の手をにぎる。


「私がいるじゃないですか・・・」


「フン!」


友梨佳ゆりかの父は鼻を鳴らすと、プイッと横を向いてしまう。


そんな夫を妻は優しい眼差まなざしで見ていた。


「ああ、そうそう。彼の妹さんがあなたに会いたいそうです。次の日曜日の午後に家に来ますから、会ってやって下さいね。」


「ちょっと待て、何で勝手に決めるんだ?そういう事。」


「そうだ!私お風呂に入らなくちゃ、ああ忙しい忙しい・・・」


そう言い残した友梨佳ゆりかの母は、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


「おい!俺は会うなんて一言ひとことも言ってないぞ!俺の話を聞いてるか!?」


友梨佳ゆりかの父は閉まったドアに向けてむなしく声をかけるが、もちろん返事は無い。


「全く、どいつもこいつも勝手な事ばかり・・・」


広大なリビングルームにポツンと取り残された友梨佳ゆりかの父は、不満そうにつぶやくのだった。

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