第35話 Shibuya Station

デートの待ち合わせ場所であるハチ公口から、スクランブル交差点を渡った先にあるのが、渋谷のシンボルとして有名なSHIBUYA109ビルである。


道はそこで二股に分かれており、左側が道玄どうげん坂、右側の文化村通りを上り切った所に建っているのが東急百貨店の本店だ。


そして東急百貨店本店の裏にあるのがBunkamuraである。


Bunkamuraの裏側は閑静かんせい松濤しょうとうの住宅街が広がっているため、Bunkamuraは渋谷の繁華街はんかがいと住宅街の境目さかいめに位置している施設という事になる。


Bunkamuraは国内最大級のコンサートホールであるオーチャードホール、演劇やコンサートに使用されるシアターコクーン、映画館のル・シネマ、そして今回ミュシャ展が開かれるザ・ミュージアム等で構成される複合文化施設である。


Bunkamuraの中で最も有名な施設は何と言ってもオーチャードホールだが、ザ・ミュージアムも個性的な企画展を行う美術館として知られている。


そこが2人の目的地である。


東急東横線とうよこせんの急行に乗れば田園調布でんえんちょうふ駅から渋谷駅まで15分もかからないため、友梨佳ゆりかは車ではなく、電車を使う事にした。


彼女がハチ公口前の交番に到着したのは、待ち合わせ時間の30分前である。


御門みかどはまだ来ていない。


午前10時にもかかわらず、彼の言う通り、ハチ公前広場はすでに人であふれ返っていた。


目の前にあるスクランブル交差点の歩行者用信号が青に変わるたびに、数千人の人間が横断を開始する。


午後になればさらに人が増え、それが夜まで続くのだ。


このような場所は世界中を見回しても、ここにしか存在しない。


『一体これだけの人間がどこから来て、どこへ向かって行くのか・・・?』


友梨佳ゆりかはそんな事を思いながら、目の前を流れていく人々を見送っていた。


これだけの人がいるのに、自分の知り合いは誰一人いない。


人の海の中、友梨佳ゆりかは急に孤独感に襲われ、心細くなる。


そんな時だった。


「お待たせ」


御門みかどさん!」


御門みかどの顔を見た途端とたん友梨佳ゆりかの不安は吹き飛び、安心感に包まれる。


今日の友梨佳ゆりかは白いシルクシャツのトップスに、こんのフレアスカートのボトムスという組み合わせである。


彼女が好むのは、こういうエレガントで保守的なファッションだ。


実際、友梨佳ゆりかのワードローブにはショートパンツはおろか、デニムのパンツすら存在しない。


普通の女子高生が当然のように持っているアイテムを持っていない時点で、彼女が生粋きっすいのお嬢様である事は明らかなのだが、本人にその自覚は無く、自分は普通だと思っている。


御門みかどの視線を敏感びんかんに感じた友梨佳ゆりかは、少し不安そうに質問する。


「おかしいでしょうか?」


「いや、似合ってる。」


そんな彼の何気なにげない一言でも、恋する乙女にとっては十分な幸福感を与えてくれる。


「行こうか?」


「はい!」


2人は連れ立ってスクランブル交差点を渡ると、Bunkamuraを目指して坂道を上っていった。

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