第34話 Redevelopment

渋谷は文字通り、谷底たにぞこにある街である。


街の中心である渋谷駅周辺は大規模再開発の真っ最中だ。


渋谷駅エリアの高層ビルの歴史は意外と古く、1975年3月に竣工しゅんこうした地上32階建ての東邦生命とうほうせいめいビル(現在の渋谷クロスタワー)が、それまで高層ビルが存在しなかった渋谷駅エリアに誕生した最初の高層ビルである。


新宿西口エリアの高層ビル群の中で最初に誕生したのが、1971年6月開業の京王プラザホテルであるため、両者の竣工しゅんこう時期は4年しか違わない。


しかし、その後の動きは対照的なものになる。


新宿西口エリアでは、京王プラザホテル建設以降も淀橋浄水所跡地よどばしじょうすいじょあとちに続々と高層ビルが建設され、当時としては日本唯一の高層ビル群が誕生した。


一方、渋谷駅エリアは東邦生命とうほうせいめいビル建設から23年もの間、高層ビルが誕生する事は全く無かった。


状況が大きく変化したのは1994年の事である。


1994年4月、京王けいおうかしらせん渋谷駅の真上で、地上25階建ての高層ホテル「マークシティイースト」、隣接りんせつする地下鉄銀座線の渋谷車両基地の上では、同じく25階建ての高層オフィスビル「マークシティウェスト」が着工した。


同年9月、地上21階建ての高層複合ビル「渋谷インフォスタワー」の建設が始まる。


1998年3月に竣工しゅんこうした「渋谷インフォスタワー」は当時、渋谷駅エリアで不足していたオフィス需要じゅようを満たす目的で建設された高層ビルである。


そのためオフィスとマンションの複合ビルと言いながら、居住区画きょじゅうくかくは最上階の2フロアのみであり、それ以外はオフィス区画くかくに割り当てられている。


「渋谷インフォスタワー」から遅れる事2年、6年もの歳月をかけて「渋谷マークシティ」がついに完成し、2000年の4月に開業を迎えた。


「マークシティイースト」と「マークシティウェスト」は「マークシティモール」と呼ばれるショッピングモールで結ばれており、ホテルとオフィス機能に加えて、ショッピングセンター・バスターミナル・鉄道駅の機能をあわせ持つ本格的な複合施設として誕生した。


これは渋谷駅エリアで初めてのこころみであった。


「渋谷インフォスタワー」が、東邦生命とうほうせいめいビルと同じく従来型の高層ビル建築の延長線上えんちょうせんじょうにあるのに対して、「渋谷マークシティ」は、駅を核とした多目的集客施設たもくてきしゅうきゃくしせつ明確めいかく志向しこうした点が大きくことなる。


その意味では「渋谷マークシティ」こそが、その後30年続く事になる渋谷駅エリア再開発のモデルケースと言えるだろう。


「渋谷マークシティ」開業のちょうど一年後である2001年4月、地上41階の超高層ビル「セルリアンタワー」が開業する。


「セルリアンタワー」は東急電鉄でんてつ本社跡地に建てられた、ホテルとオフィスの複合ビルであり、2019年11月に地上47階の「渋谷スクランブルスクエア」東棟ひがしとうが開業するまで20年近くもの間、渋谷駅エリアで最も高いビルであり続けた。


2008年6月、渋谷駅に新しい鉄道路線が誕生する。

東京メトロ副都心線ふくとしんせんである。


副都心線ふくとしんせんは元々「有楽町新線ゆうらくちょうしんせん」という路線名で、1994年12月に和光市 - 池袋間が開通していたが、池袋 - 渋谷間の延伸えんしんともない、「副都心線ふくとしんせん」という路線名にあらためられた。


東京メトロ副都心線ふくとしんせんは、終点である渋谷駅で東急東横線とうよこせんと接続され、相互直通運転そうごちょくつううんてんを行う事が当初から計画されていた。


だがそのためには、地上にある東急東横線とうよこせん渋谷駅ホームを地下に移転するという大工事が必要になる。


2003年6月、副都心線ふくとしんせん渋谷駅建設と東急東横線とうよこせんを地下化する工事のため、五島ごとうプラネタリウムや映画館などがあり、渋谷駅前の代表的施設であった東急文化会館が惜しまれながら閉館した。


そして副都心線ふくとしんせん開通後の2012年4月、地下化工事のために取り壊された東急文化会館の跡地に地上34階の超高層ビル「渋谷ヒカリエ」が開業する。


「渋谷ヒカリエ」は地上17階より上層じょうそうがオフィス区画くかくになっており、16階以下の区画くかくにはミュージカル劇場の「東急シアターオーブ」やイベントホールの「ヒカリエホール」、商業施設の「ShinQs」、レストラン等が入居している。


この時点で東急東横線とうよこせん渋谷駅の地下化工事は既に完成しており、「渋谷ヒカリエ」の地下フロアと直結していたのだが、実際に東急東横線とうよこせんが移転するのは1年後の事である。


2013年3月16日、東急東横線とうよこせん渋谷駅の地上ホームが営業を終了し、翌日の始発電車より地下ホームの運用が開始された。


これにより東急東横線とうよこせんは東京メトロ副都心線ふくとしんせんと接続し、相互直通運転そうごちょくつううんてんが開始される事になった。


実は東急東横線とうよこせんの地下化は渋谷駅が最初ではない。


渋谷駅が地下化される約9年前の2004年2月1日、横浜駅と横浜中華街を結ぶ横浜高速鉄道みなとみらい線の開業に合わせて東急東横線とうよこせん反町たんまち〜横浜間が地下化され、渋谷駅から横浜中華街駅までの相互直通運転そうごちょくつううんてんが開始された。


一方、東京メトロ副都心線ふくとしんせんは和光市 - 池袋間は有楽町線ゆうらくちょうせんと並走しており、池袋駅で有楽町線ゆうらくちょうせんと分かれた後は山手線の少し内側を走っているため、一見するとそれほどの利便性りべんせいがあるようには見えない。


副都心線ふくとしんせんは東京北部から埼玉方面に向かう鉄道各線と、東京南部から横浜方面に向かう鉄道路線を相互直通運転そうごちょくつううんてんでつなぐための連結線れんけつせんとして機能するところに、その真価がある。


副都心線ふくとしんせんの誕生により、西武秩父ちちぶ線・西武池袋線・西武有楽町線ゆうらくちょうせん・東武東上線とうじょうせん・東京メトロ副都心線ふくとしんせん・東急東横線とうよこせん・横浜高速鉄道みなとみらい線の7路線が相互直通運転そうごちょくつううんてんで結ばれ、埼玉県の秩父や小川町から横浜中華街まで乗り換えなしで行き来する事が出来るようになった。


これは鉄道各線の相互そうごり入れが高度に発達した東京においても、前代未聞ぜんだいみもんの規模と言える。


渋谷駅における東京メトロ副都心線ふくとしんせんと東急東横線とうよこせんの接続は、この巨大な相互そうごり入れネットワークを実現するために最後まで残った最大の難所なんしょであり、新しい渋谷駅が生まれた事により、ついにネットワークは完成した。


そして東急東横線とうよこせん渋谷駅の地下化により、地上ホームのあった超一等地に広大な空きスペースが生まれる事になった。


ここに建設されたのが、「渋谷ストリーム」と「渋谷スクランブルスクエア」東棟ひがしとうである。


特に「渋谷スクランブルスクエア」は、渋谷駅前再開発の中核となるビッグプロジェクトだ。


そしてその鍵となるのが、地下鉄銀座線の渋谷駅と東急東横店の存在である。


元々、地下鉄銀座線の渋谷駅は東急東横店と一体構造の駅として昭和13年に開業したものだ。


東急東横店そのものは、渋谷駅が開業する4年前の昭和9年に開業している。


東武鉄道浅草駅と並ぶ、当時としては本格的なターミナルデパートであった。


その後、東急東横店は昭和29年に西館が、そして昭和45年には南館が増築されたため、最初に建設された部分は東館と呼ばれるようになった。


基本的には開業当時の構造のまま80年以上使われていた銀座線渋谷駅と東急東横店東館だが、再開発の第一段階として東館が取り壊され、残された地下鉄銀座線の渋谷駅ホームは、2020年1月3日に今までより130m手前の明治通りの上に移転した。


現在残っている東急東横店の西館と南館についても取り壊しが予定されており、その跡地には渋谷スクランブルスクエアの二期工事である中央棟と西棟が建設される事になる。


二期工事の竣工しゅんこうは、2027年の予定である。


デートの舞台となる渋谷駅エリアは超高層ビルが林立りんりつする未来都市に変貌中へんぼうちゅうであり、街の風景は一変しつつあった。

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