第32話 Unexpected escape

それは突然の出来事だった。


蘭堂家らんどうけの正門が再び開くと、濃紺のうこんのロールスロイス・ファントムがゆっくりと邸内ていないに入って来る。


その車を一目見た友梨佳ゆりかは思わず声を上げた。


「お父様!どうして?」


ほとんど同時に、友梨佳ゆりかの部屋がノックされる。


ノックしたのは友梨佳ゆりかの母だった。


友梨佳ゆりか、あの人が帰って来るわよ。たった今、電話があったわ。」


「もう帰ってきてしまいました。」


友梨佳ゆりかは窓の外を指差す。


「あら大変、これはもう手遅ておくれね。」


友梨佳ゆりかだまってうなずくと急いで窓を閉める。


「もしあなた方が庭にいたらアウトだったわね、本当に危機一髪だったわ。」


「どうしましょう?」


「今はとにかく部屋の中でじっとしていなさい。私が連絡するまで決して外へ出ない事、いいわね。」


「分かりました、お母様。」


友梨佳ゆりかの母は夫を出迎えるため、部屋を出て行った。


御門みかどは一人、話から取り残されている。


「何かあったの?」


御門みかどさん、申し訳ありません。実は父にはまだ私たちの事を話していなくて・・・父は今日、帰りが遅くなるはずだったのですが、急に予定が変わったようです。」


「俺に何か手伝える事はある?」


「お気遣きづかいありがとうございます。でも今は母からの連絡を待つしかありませんわ。」


友梨佳ゆりかの父の帰還きかんにより、それまでのゆったりとした雰囲気は一変した。


特に悪い事をしているわけではないのに、友梨佳ゆりかの部屋で息をひそめていると、御門みかどは自分が間男まおとこになったような錯覚さっかくおちいる。


待つ事10分、再びドアがノックされた。


「あの人はお風呂に入ったわ。今がチャンスよ。御門みかどさんは私が見送るから、あなたはここに残りなさい。」


「感謝します、お母様・・・御門みかどさん、今日は本当に申し訳ありませんでした。後で連絡いたします。」


「分かった。」


御門みかどさん、こっちよ。」


友梨佳ゆりかの母に案内され、御門みかどは裏口を通って蘭堂邸らんどうていから脱出だっしゅつする。


裏口の前にはすで蘭堂家らんどうけの白い自家用車が待機たいきしていた。


御門みかどの姿を見た運転手は、素早い動作で後部座席こうぶざせきとびらを開ける。


友梨佳ゆりかの母は、車に乗り込んだ御門みかどに声をかけた。


「今日はゆっくりして欲しかったけれど、あわただしくなってごめんなさい。このわせはさせてもらうから。」


「どうぞお気遣きづかいなく。私は何も気にしていません。」


「そう言ってもらえると、ありがたいわ・・・斎藤、御門みかどさんを御自宅までお送りして。」


「かしこまりました、奥様。」


車は出発し、御門みかどあわただしく蘭堂邸らんどうていを後にした。

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