第30話 Her mother

「始めまして、私の名前は蘭堂らんどう喜久枝きくえ。あなたを歓迎かんげいするわ。」


御門みかどが真っ先に驚いたのは、彼女の外見がいけんだった。


どう見ても友梨佳ゆりかの母親には見えない。


それほど彼女は若々しかった。


「お母様、こちらが御門みかどさんよ。」


鷹飼御門たかがいみかどです。本日はお招きありがとうございます。」


御門みかどは内心戸惑とまどいながらも、自己紹介をした。


「どういたしまして、今日はゆっくりしていってね。」


間もなく応接室にティーセットが運ばれてくる。


「熱いうちに召し上がって、紅茶は苦手かしら?」


「いえ、そんな事ありません。」


初対面であるにもかかわらず、友梨佳の母との面談はとてもリラックスしたものになった。


自分の事を根掘り葉掘り聞かれるのではないかと覚悟していた御門みかどは、意外な展開に拍子ひょうし抜けしてしまう。


彼女の最大の目的は娘の交際相手の素性すじょうを確かめる事にあるはずなのだが、彼女の言葉や態度からは、そんな事を微塵みじんも感じさせなかった。


「不思議な人だな・・・」


若々しい外見がいけんとは対照的な落ち着いた物腰ものごしが、彼女のミステリアスな魅力みりょく一層いっそう引き立てていた。


御門みかどが今まで会った事のないタイプの女性だ。


相手が自然体しぜんたいなのだから、御門みかどは自分も自然体しぜんたいで接する事にした。


「それにしても美しい家ですね。アールデコ建築の傑作けっさくだと思います。」


「気に入ってもらえてうれしいわ。この家を建てたのは三代前の当主とうしゅなの。当主とうしゅ趣味人しゅみじんで、当時世界的に流行していたアールデコ様式ようしきをいち早く取り入れて建てたのがこの家よ。蘭堂家らんどうけ元々もともと青山に本宅ほんたくがあったから、田園調布でんえんちょうふの方は別邸べっていというあつかいだったの。別邸べっていという事もあって、制約せいやくしばられずに、当主とうしゅが本当に造りたい家を建てる事が出来たようね。ところが青山の本宅ほんたく戦災せんさいで焼けてしまったので、当主とうしゅとその家族は田園調布でんえんちょうふに引っ越したそうよ。戦争が終わって、ようやく落ち着くかと思ったら、今度は進駐軍しんちゅうぐん将校しょうこう用住宅として接収せっしゅうされてしまったのよ。接収せっしゅう解除かいじょされたのは昭和二十五年の事ね。」


「そんな歴史があったんですね・・・これは重要文化財に指定されてもおかしくないくらいの貴重な建物だと思います。」


「その話だけど、実は10年ほど前に、重要文化財に指定される寸前にまでいった事があるのよ。その時は結局指定から外れたので安心したわ。重要文化財に指定されてしまうと、勝手に改築は出来なくなるし、不便な事が多いのよ。」


「なるほど、実際に住む側とすれば、そうなのでしょうね。私は住宅というのは、住む人がいなくなると生活感が消えて、ある意味死んでしまうと思っています。有名な朝香宮あさかのみやていを始め、アールデコの名建築は今でも残ってはいるのですが、そのほとんどが美術館や見学用の施設になってしまい、人が住まなくなってしまいました。だからそこをおとずれても、生きている本物ではなく、まるで剥製はくせいを見るような気分になってしまうのです。」


「・・・・・・」


「でもここは違う。この家は生きている。これこそ本物です。」


「この家をそんな風に表現した人は、あなたが初めてよ。御門みかどさんは本当に芸術家なのね・・・」


そこまで言った彼女は友梨佳ゆりかの顔をちらりと見ると、急にいたずらっぽい口調になる。


「フフフ、この子ったら私だけが御門みかどさんと話をしているのが気に入らないみたい。女の嫉妬しっとは怖いわよ。御門みかどさんも気を付けなさい。」


「お母様、私嫉妬しっとなんて全然・・・」


「この子、あなたを自分の部屋に招待したいみたいよ。2人きりになって、一体何をするつもりかしらね?」


「お母様!」


友梨佳ゆりかは顔を真っ赤にして抗議する。


彼女は友梨佳ゆりかの抗議には全く耳を貸さずに、真剣な表情で御門みかどに話しかける。


「まだまだ世間知らずの子だけれど、娘の事をよろしくね。」


「こちらこそよろしくお願いします。」


友梨佳ゆりか、聞いての通り御門みかどさんは、この家が大層たいそう気に入ったそうよ。あなたが案内して差し上げなさい。」


「・・・分かりました、お母様。」


友梨佳ゆりか先導せんどうされ、御門みかどは応接室を後にした。

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