第29話 Shangri-La

門の向こうは別世界だった。


小学校の校庭に匹敵ひってきするような広さを持つ蘭堂家らんどうけの庭園は全体が芝生しばふおおわれており、庭木にわきも手入れが行き届いている。


庭園の中央には噴水があり、静かな水音を立てている。


西洋風の噴水がある一方で、日本庭園のような庭石にわいし配置はいちされており、和洋折衷わようせっちゅうの庭園だ。


広大な庭園の先に、二階建ての大きな洋館ようかんが建っている。


蘭堂邸らんどうてい竣工しゅんこうしたのは昭和四年の事だ。


当時の最先端さいせんたんであるアールデコ様式ようしきで設計された、近代日本建築の遺産とも言える貴重な建造物けんぞうぶつである。


内部の水回りだけは最新の設備せつびにリフォームされているが、それ以外は完成当時そのままの雰囲気が見事にたもたれている。


邸宅ていたくの正面には車寄せがそなえられており、車での来客に対応できるようになっている。


2人を乗せた車は、アーチ状の車寄せを登った所にある正面玄関前で停止した。


正面玄関の真鍮しんちゅう製のとびらは、高さが3メートル近くもある、フランスからの輸入品だ。


御門は芸術家として、蘭堂邸らんどうてい瀟洒しょうしゃな外観に魅了みりょうされる。


「凄いな・・・」


「90年以上前に建てられた家なので、冬場はとても寒いんですよ。」


「当時はアルミサッシも無かったから、気密性きみつせいたもつのが難しかったんだろうね。でも美しい建物だ。」


「ありがとうございます。」


車を降りた2人は、運転手が開けてくれた真鍮しんちゅう製の玄関扉げんかんとびらから、靴のまま邸内に入る。


そこは吹き抜けの大きな玄関げんかんホールだった。


正面には二階への階段が配置されており、踊り場から左右に分かれている。


いわゆる両階段というデザインだ。


御門みかどは一階の応接室に通される。


「しばらくここでお待ち下さい。」


友梨佳ゆりかはそう言い残すと、一旦部屋から出て行った。


一人になった御門みかどは、応接室を興味深げに観察する。


そこはまるで昭和初期のまま時が止まったかのような部屋だった。


現代の住宅なら当然装備されているエアコンは見当たらず、暖炉だんろすら存在しない。


その代わりに、セントラルヒーティングのラジエーターが暖房器具として設置されているだけだ。


窓際まどぎわに置かれた花瓶かびんには生花せいかかざられている。


机、椅子いす、ぜんまい式の置時計おきどけいなど、部屋の中にある調度品ちょうどひんの全てが時代を感じさせるものばかりである。


それらの調度品ちょうどひんは部屋の雰囲気に見事にマッチしており、応接室全体に静謐せいひつで重厚な印象を与えている。


最新のマンションにアンティーク家具だけを置いても、何とも言えないミスマッチ感が出てくるものだが、この応接室には本物だけが持つ落ち着きがそなわっていた。


数分後、応接室のとびらがノックされ、友梨佳ゆりかに続いて一人の女性が入って来た。


友梨佳ゆりかは、その女性を御門みかどに紹介する。


御門みかどさん、紹介しますわ。私の母です。」


紹介を受けて、彼女は初めて口を開く。


「始めまして、私の名前は蘭堂らんどう喜久枝きくえ。あなたを歓迎かんげいするわ。」

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