第80話 うちのママはよそとはちがう


 最近気がつきました。

 うちのママ、お友だちのママと比べるとなんだか少しちがいます。


 まず、きれいです。


 きれいと言うのは清潔って言うのではなくて、美しいと言うことです。でもふつうに美しいって言うのではなくて、なんとなく光っています。

 よそのママで光っている人はいないので、明らかにちがうと私は思うのですが、お友だちにうちのママって光ってるよね? と聞いても、そんな事ないと言われてしまいます。

 最後にはうそつきと言われてしまうので、もうその事を友だちに言うのはやめにしました。でもやっぱり光っているのですけど。


 それから、私は学校が終わるとアフタースクールに行って、ママのおむかえを待ちます。アフターでは習い事をしたりして過ごします。

 ママがおむかえに来るのはいつもぴったり6時5分。お仕事が終わるのは6時だけど、ママの勤めている病院は、アフターの近くではありません。5分では病院からアフターまで来られないはずです。いったいどうやってアフターまでやって来るのか、とても不思議です。


 もう一つ変わった事があります。

 ママは時々、何もないのに笑ったり怒ったり、悲しんだりします。まるで誰かの話を見たり聞いたりしているみたいです。

 一度おそるおそるどうしてそんな風になるのかママにたずねてみたことがありました。その時のママはとても決まり悪そうな表情をしていましたが、どうしてそうなるのかは教えてもらえませんでした。

 もしかするとママの頭の中にはスマートフォンが内蔵されているのかも知れません。


 そういえば、ママの手はいつもとてもきれいです。このきれいは汚れていない、という意味です。

 ママはお医者さんなので、お仕事の都合もあっていつも清潔にしているからと言っていたけれど、お料理をする時も、お掃除をする時も、いつ見たって手に汚れが付いたところを見たことがありません。それにいつも清潔にしている割に、その手はいつだってすべすべです。

 私がママと同じようにしようと手を洗うとガサガサになってしまいます。どうしたらママみたいにいつもすべすべでいられるのか、いつかきっとその秘密をつかみたいと思います。


 まだあります。ママはすごく力持ちです。おうちの掃除をしていても、簡単にソファーとかテレビとかを動かしているのをよく見かけます。私もまねをして動かそうとがんばるけれど、とても重くてびくともしません。それは私がまだ小学3年生で子どもだからと思っていたけれど、パパの力でも動かせないものをママが軽軽と動かしているところを見たので、やっぱり単純に力が強いみたいです。

 だけどその手はよそのママと変わらない細い手をしています。どうしてそんなに力が強いのか、すごく不思議です。


 そんな不思議なママだから、私はママの事を実はロボットなんじゃないかと疑いました。でもママに抱きつくととても柔らかいし、温かいし、ちゃんと心臓の音もするし、息だってします。

 それにソファーの上でママに抱っこされていると、私はとても安心します。もしママがロボットだったら、そんな風に安心したりはきっとできません。

 よそのママとはだいぶ違うけれど、私のママは世界で一番で一人しかいない大事なママです。私はそんなママの事が世界で一番大好きです。だからいつまでも元気で生きていて欲しいと思います。

 もちろんパパのことも同じぐらい大好きです。



§



「ねえパパ、睦葉むつはがこんな作文を学校で書いて来たんだけど」


 ボクはそう言って、5枚に綴られた原稿用紙をテーブルに着いた司の前に置いた。彼はそれを手に取ると、じっくりと読み始める。

 彼の表情が真剣な面持ちになるのに、そう時間はかからない。


「……よく観察してるよね、ママのこと。それにもうこんなしっかりした文が書けるんだね……、すごいね」


 読む手を止めて、彼がボクの顔を上目遣いで見つめてくる。

 それに応えるように、ボクも彼の瞳を見て、口を開いた。


「本当にね。


 よく気がついてるからびっくりしたよ。しかもその事をちゃんと疑問にも思ってるみたいだし、そろそろ本当のことを睦葉にも伝えた方が良いのかな?」


「ママが実は破壊神だってこと?」


「そう」


 彼が顔を上げた。

 少し首を傾げて視線は壁を捉えている。思考を巡らせているみたいだ。


「……どうだろうね。まだ早いんじゃないかな?


 睦葉がママに直接尋ねてきたなら、その時はちゃんと答えてあげるべきだと思うけどね。

 こちらから言ってしまうのは少し違うかもしれないね」


「そうかあ。

 それでねパパ、一つ気になったんだけど、作文じゃボクのことが光って見えるって書いてあるじゃない? それなんだけど、パパもボクのことが光って見えたりする?」


 テーブルを挟んで向こうとこちら、やや前のめりに上体を傾けながらボクがそう言うと、彼は腕組みをしてじっとボクの様子を凝視する。


「……うーん。いや、別に光って見えたりはしないね」


「それって、昔から変わらない? 高校の頃とか」


 ちょっと食い気味に、彼に重ねて尋ねる。


「すごく綺麗で目立つねって思ったことはあったけど、光ってはいなかったと思うよ」


 光ってはいなかったと聞いて、ボクはホッと胸をなで下ろした。でもそうなると、今度は睦葉のことが心配になる。


「それじゃ睦葉だけがそう見えてるってことだね。


 ……妙な能力を身に着けてなければ良いんだけど……、ちょっと心配だなあ」


「人に危害を加えるようなパワーじゃないと思うけど、万一の時は僕じゃどうしようもないしね。

 そこはママに一任するしかないね」


 娘の常ならざる力に対して無力であるはずの司、それでも彼はあくまでも冷静さを失わない。一人の父親としてなのだろうか、その態度はボクの気持ちも落ち着かせてくれる。


「そうだね。

 そこは気をつけるようにするよ」


「お願いするね。ママ」


 そして、ボクも一人の母親として、睦葉をきちんと導かなかればならないと心を決めた。



§



 その後、念話で玲亜ちゃんにもこの事を伝えて見解を聞いてみた。


『ゆう姉、じゃなかった、今は睦葉ちゃんだったわね。

 それで、彼女はどうやらってわけね』


『そうみたい。それ以上は今のところないみたいなんだけどね』


『確かユウキのお母さまも人だったわね』


『そうだね、ボクのこと限定だったけど』


『だったら、それはお母さまから受け継いだものじゃないかしら』


『それ以上のパワーに成長しなければ良いんだけど、人に危害を加えるようになったりしないかな?』


『見える、わかる程度の力なら、それ以上の事になったとしても知れてるわね。それに、人に危害を加える類ではないから心配はいらないわ。

 それじゃ、また変なことが起こるようなら連絡してちょうだい?』



 念話はこうしてあっさりと終わった。



 それからしばらくの間、ボクは睦葉の様子に特別気を付けるように努めた。けれど別に何か変わったことが起こることもなく、玲亜ちゃんが言っていたとおり平穏無事な毎日が続く。ボクもいつしか睦葉の力については警戒を緩めていた。

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