第77話 確定する未来
「それじゃ、忘れ物はない?」
「うん、大丈夫」
「新しい人生、元気に過ごすんだよ」
「うん、がんばる。赤ちゃんからやり直しだから、最初は親次第だけど」
わたしはそう言って明るく答える。
まだお昼に届かない時刻、財部家の玄関先で三人、手を振り合ってお別れ。でも最後にもう一言。
「パパ、ママ。
改めてだけど、今まで本当にありがとう。わたしは、財部優樹は、パパとママの子供でいて本当に本当に幸せでした。
それじゃ、さよなら」
そう言って頭を下げるとくるり前を向いて、わたしは確かな一歩を踏み出した。振り返って両親を見ることをせず、前へ。
『ゆう姉、転生後のことは伝えなかったんだね』
歩き出して最初の角を曲がる頃、それまで丸一日近くほとんど無言だったゆうちゃんから念話が届いた。
『うん。パパもママも孫がわたしだなんて知らない方が良いでしょ?』
わたしは努めて明るく返す。ゆうちゃんも気遣ってか、深刻そうな気配は感じない。
『ママは気付いちゃいそうだけど』
『気付かれたらその時はその時だけど、その時わたしの記憶はないわけだし。ただの孫として愛してくれれば』
『……そうか、今の記憶が無くなっちゃうんだったね。
ゆう姉はそれで平気なの?』
でも、この問いかけにわたしは詰まった。
無言になって、歩く。
そのままいくつかの四つ角を過ぎて、ぽつりと零した。
『……本音を言えば、すごく寂しいよ。残念だよ。
……でもね、仕方がないよね。
それに、前世の記憶はない方が良いんじゃないかって、思うようになった』
『その方がみんな幸せなのかも知れないって?』
『多分そう。
パパも、ママも、そしてあなたも司くんも、みんなが幸せになれれば。
それが、わたしの一番の願い』
そんな風にゆうちゃんと話をしつつ、頃合いを見て身体の主導権を彼女に渡した。
『それにしても、ゆうちゃんは動じなかったね』
『へ? なにに?』
『転生するとわたしがそれまでの記憶をなくしちゃうって話。
玲亜ちゃんとも話してたんだけどね、これを知ったらあなたが転生に反対するんじゃないかって』
『……それは、うすうす気付いてたからね。
破壊神の仕事をしてるうちに、なんとなく』
『……そっか。じゃ、わたしの取り越し苦労だったね』
『……そうは言っても、ゆう姉が消えてしまうのは変わらないからね、寂しくないと言ったら嘘になるよ。
でも、他の誰でもない司とボクの子供に生まれ変わるんだし、そこから新しいゆう姉が始まって、共に歩んでいけるんだから、それは悲しむべき事じゃなくてね、むしろ喜ぶべき事なんだって、そう思ってる。今は』
そこまで話すと、ゆうちゃんはもう帰ろうと言って、自宅のマンションに向けて瞬間移動した。
マンションで待っていたのは司くん。その彼にもわたしの今後のことを伝える。
パパやママと同じように、ここからいなくなって新しい人生を歩むことになるとだけ伝えると、彼は涙を浮かべることはなかったものの、寂しそうな表情を見せてくれた。
これで、伝えるべき事を伝えるべき人たちに伝え終わった。
玲亜ちゃんに与えられたタイムリミットまで、まだかなりの日数が残っていたけれど、わたしは今の決意が揺らがないうち、更に前へ進む。
§
ゆうちゃんが宿直の仕事を終えた翌日は連休の最終日、明日からはいつも通りの毎日が始まる。
彼女も通常勤務に戻って人一倍忙しい日々に戻るのだろう。だから、少しでも自由な時間のある今のうちに、やらなくちゃいけないことを済ませようと決めた。
『ゆうちゃん、明日から普通に仕事だよね?』
『ん、そうだね』
『また、忙しいよね? だからさ、時間のある今日のうちに転生、済ませようと思って』
『え? まだ予定の日じゃないよね?』
『ゆうちゃん普段は忙しすぎるから、タイムリミットまでに時間が取れるかどうか不安で。
それに、わたしの決意が萎れないうちに、ね』
§
『アナタたちの実家でやるわ。ユウキの自室に着いたらワタシを呼んでちょうだい』
ゆうちゃんが玲亜ちゃんに連絡をすると、即座に返答が返ってきた。
転生作業には神具が必要で、その神具は先日わたしが見てきたとおり、財部家の二階、ゆうちゃんの自室に安置されている。
玲亜ちゃんが言うには、作業自体は神具さえあればどこでやっても構わないらしい。
『今ちょうどユウキの部屋に出しっぱなしだし、それにあの部屋なら他から覗かれることもないでしょう?』
『むやみに入らないでとはパパとママに普段からお願いしてあるし、二人が入ってくることも多分ないと思うよ』
ゆうちゃんがそう答えると、さっそく実家に集まることになった。
§
まず瞬間移動で飛んだのはゆうちゃんとわたし。一瞬ぶれた視界がクリアになると、自室に浮かぶ神具たちが映し出された。
『よし着いた。
……えーと、パパとママは……ちょうど留守だね』
ゆうちゃんが素早く両親の気配を感じ取る。
どうやら二人揃ってお出かけ中みたいで、家にいるのはわたしたちだけだ。
『それじゃ、玲亜ちゃんを呼ぶよ』
『うん、お願いね』
迷うことなくそう言ったものの、いよいよ、と思うとやっぱり緊張と惑いが湧き上がる。でも、その惑いも彼女の登場でたちまちのうちに霧消する。
玲亜ちゃんが背後に現れた。
「今はどちらなのかしら? ユウキ? それともゆう姉の方?」
声に振り返る。
「今はボクだよ、玲亜ちゃん」
「ユウキの方ね、ちょうどよかったわ。
それじゃユウキ、そこのベッドに横になってちょうだい」
玲亜ちゃんは指示を入れながら、宙に浮かぶハンマーに右手を伸ばす。
よどみなく進む作業に、わたしの気持ちも前へ。
もう迷わない。もう引き返さない。
「まだ二週も経ってないはずだけど、よく育ってるわね。丈夫な赤ちゃんになるわよ、きっと」
ベッドで横になったゆうちゃんのお腹を左手で軽くさすりながら、玲亜ちゃんがそんなことを言う。
「分かるの?」
「さあ? 少なくとも病気知らずで過ごすんじゃないかしら?
ユウキという神の加護を十二分に受けて育つ赤ちゃんよ? 普通の赤ちゃんと一緒にはできないわね」
「そうなんだ……。スーパーマンみたいな子供になったらどうしよう」
「スーパーマンっていうのがどういう感じか知らないけど、見た目は普通だから安心して?
さて、それじゃ始めるわよ。ユウキも、ゆう姉も、良いわね?」
『わたしは大丈夫。玲亜ちゃん、よろしくお願いします』
「ボクはいつでも良いよ。来て」
ゆうちゃんのその声を合図に、玲亜ちゃんがハンマーを振りかぶり、そしてゆっくりと下ろした。
視界が暗くなる。ゆうちゃんが目をつむったようだった。
そしてそのまま、わたしの意識は闇に沈んでいった。
さよなら、ゆうちゃん。
さよなら、玲亜ちゃん。
さよなら、パパ、ママ、そして司くん……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます