第63話 キング&クイーン
9月になって一週間が過ぎた。
このところ妙な夢を見ることもなくなって、澄んだ秋空のように気分も上々に過ごせている。
二学期と共に始まった文化祭はつつがなく終わりを迎えて、今ではもうすっかり普通の高校生活に戻っている。
実は
8月の終わりにクラスで集まったのもその展示物を作るためだ。
集まったときの
また文化祭が終わってからも、
普段の学校生活では、同じクラスではあるけれど彼女たちと直接やりとりする機会はあまりない。でも一学期の頃とは違って、舞浜さんやそのグループに属している白馬さんも、ボクの事を敵愾心を持って注視するような様子はすっかり見られなくなった。
それにもう一つ。不思議なことに
「そういえば、最近は舞浜さんがボクにまとわりついてくることがなくなったね」
「それは……ボクがいるから遠慮してるのかな? でも舞浜さんがそれくらいのことで司くんに言い寄るのを止めるとも思えないし……」
当然僕たち二人では結論が出なかったけれど、そういえば文化祭で見かけた光景にヒントがあったのかも知れない、そう考えるところに至った。
§
舞浜さんは文化祭で行われた演劇部の舞台で、1年生ながら準主役とも言えるほど重要な役を演じていた。
彼女の演技は演劇を知らないボクでもわかるほど上手いと感じられるもので、実際、県の演劇大会でも演劇部として賞をもらっていて、この後に地区大会へ出場することになったほどなのだとか。
そして、その文化祭の最中、舞浜さんの事を付かず離れずに見守っていた一人の男子がいるのに気がついた。
ボクと一緒に彼女の舞台を見に行っていた司くんによれば、彼こそがこの光星高校1年生で試験順位学年1位を続ける孤高の存在、
「どういう訳だか分からないけど、彼をテストの成績で抜くことができないんだよね」なんて司くんは言っていて、やや悔しそうな様子ではあったけれど。
§
その諏訪野君のことについて愛ちゃん達にそれとなく尋ねてみたら、意外な答えが返ってきた。
「5組の諏訪野君でしょ? なんかねえ、彼、舞浜とくっついたって話でさ」
「そーそー。舞浜が夏休みの後から急に静かになったからさー、やっぱり気になるから色々調べたんだよねー」
「それがどうやら、舞浜の方から働きかけた結果らしいんですよね」
「夏休み入った直後に何かあったらしいんだけどね。そこら辺はよく分からないんだわ」
「演劇部の練習中にちょっとした事故があったらしいけどー、それと関連があるとかー、ないとかー」
「まぁ詳細不明ってことだわ」
「ともあれ、これでもう舞浜が優樹さん達にちょっかいを出してくることもないと思いますよ」
細かいところは分からないけれど、一言で言えば舞浜さんは司くんのことを諦めたって事のようだ。
ボクはその話を聞いて、それまでピンと張り詰めていた心の糸が緩むのを感じて。
「はぁ~」
と、イスに崩れるように背中を預けながら、人目も憚らず盛大に溜息をついた。
「やっと肩の荷が下りた感じかね?」
愛ちゃんが口元に笑みを浮かべつつ、ボクの顔を覗き込む。
「そうだね。もうあんな事はこりごりだし、なにより司くんや愛ちゃんたちに迷惑がかからなくなるのがありがたいよ」
そう言ってだらけた体勢のまま、ボクも口元を緩めた。
こうして、ボクが復学してしばらくしてからずっと続いていた事件は、一応の解決を見ることになった。
§
そのまま何事もなく9月が過ぎて、10月に入って二学期の中間テストも無事に終わる。
成績の方はクラス2位。1位はもちろん司くんで、
教室でそんな会話をLTSGのみんなと楽しんでいたら、自分の席に座っていたボクの前に、舞浜さんが前触れのないまま立った。
緊張の走る僕を含めたLTSGのみんなを尻目に、彼女は「ちょっと来てくれる?」とボクを廊下に連れ出す。
高まった緊張感に司くんも気がついたのか、LTSGのみんなと共に戸口で様子を窺っている。
教室とは反対側の壁の前で、ボクと彼女が正対する。
そして話は彼女から始まった。
「
それから、
彼があなたを選んだだけのことで、あなたと私がどうこうと言うことでは無いから」
そう言うと。 不意に彼女がひどく真面目な表情でボクを見つめる。
「あなた……宇佐美君の事を世界で一番大事だって思える?」
ボクは、思わず目を大きく見開いた。
まさか舞浜さんからそんな言葉が出るとは思わなかったからだ。
彼女はそれ以上何も言わずに、ボクをじっと見つめている。
ボクは少しだけ息を吸い込んで、短く答えた。
「うん」
舞浜さんは、表情を緩めて。
「ならいいわ」
と穏やかに言った。
「あと、少しだけ誤解をされているみたいだから言っておくけど、彼にアプローチしたのは成績とか見てくれが良いからとかではないからね」
ボクだって違う。と言いそうになった言葉を飲み込んだ。
うん、言うべきなのはそういう言葉じゃない。
「舞浜さんはどうして彼なの?」
彼女は僕の質問を予想していたように、全く表情を変えずに答えを返す。
「彼は、私の知らない景色を見せてくれるから。今も、そしてたぶんこれからも」
それは、彼の能力も魅力のうちではあるけれど。と、ややうつむき加減に言ってから顔を上げる。
「財部さんは、そうではなくて?」
舞浜さんの視線の問いかけに、ボクは無言で頷いた。
「そう。
あなたとはあまり気が合いそうにはないけれど、まぁそこそこ仲良くできたらいいなと思うわ」
ボクは思わず苦笑いを浮かべる。
すると彼女は一歩近づいて、耳元にそっと囁いた。
「それから、一学期に起きたスカートの事。あなたに謝罪しなければならないわ。
あの事件を起こしたのは白馬と瀬戸田だったけれど、元はと言えば私がうっかり漏らしてしまった一言から起こった事なの。
彼女たちの行動を止める事もできたはずだったのだけど、それができなかったこと、反省しているわ」
彼女はそこまで伝えると、一歩下がってボクに向かって頭を下げた。
その行動について行けずにワンテンポ遅れて言葉を返そうとしたけど、彼女はすぐに顔を上げて自席に戻ってしまった。
教室に入る彼女と入れ替わるようにボクの周りに集まってきた愛ちゃんたち。彼女に何を言われたのか口々に聞かれたけど、上手く答えることができなかった。
ともあれ、これでボクを悩ませていた全てのことが丸く収まって、いよいよ普通に明るく健全で充実した高校生活を送れるようになるものだと、この時はそう信じていたのだけど。
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