エピローグ 破壊神ちゃんの未来計画
秋が限界まで深まって、次の季節に移り変わる。
学校の行き帰りに感じられる街の雰囲気がクリスマスを告げる頃になった。
ゆう
『ゆうちゃん、ゆうちゃん』
ボクが夜、自室で勉強していると声がかかった。
『ゆう姉、なに?』
『暇だよぉ、なんとかしてよぉ』
『なんとかしてって言われたって、念話で話すくらいしかできないよ』
受け答えを続けながらも、シャーペンを動かす手は止めないまま、ゆう姉の話に耳を傾ける。
『ずーっと机にかじりついてないでさぁ、
『今、期末テスト期間だからね。無理だよ』
『えぇー?』
そこでボクは勉強の手を止めて、ぬるくなったマグカップの紅茶を啜る。
『テストが終わってもう少ししたら冬休みになるし、それからクリスマスもやって来るから。その時には会えるよ』
『それってあと何日先?』
ボクはえっとと言いつつ壁に掛けてあるカレンダーを見る。
『今12月に入ったところだから……あと3週間ぐらい?』
ボクがそう言うと、彼女がいっそう声高に不満の声を上げた。
『ええぇ~。まだそんなにあるのぉ? もうだめ、わたし死ぬかも』
『大げさだなあ。学校で会うだけじゃだめなの?』
マグカップに唇を触れさせたまま、背もたれにもたれた。
『デートはまた特別なんですー。学校じゃ周りの目もあるし色々騒がしいじゃない。
それに、こっそりゆうちゃんと入れ替わってゆっくり楽しめるのが良いんじゃない』
『なんかそのうちバレちゃいそうな気がするんだけどね。それにボクだってデートを楽しみたいんだけど?』
『大丈夫だって、そんなに簡単に気付かれませんって。それに半分以上はゆうちゃんが表に出てるじゃない?』
『お気遣いありがとうね』
『なんだか投げやりだ』
『そんなことないよ。
でもさ、いつまでもこれ、続けるのかな?』
背もたれを軽く揺らしながら、紅茶を一口クピっと口に含む。
『どうなのかなぁ? わたしだってこういう生活は窮屈だし、できればね、自分だけの身体で生きてみたいよ』
『なんだか、ごめんね。乗っ取っちゃったみたいで』
ゆう姉の本音に触れた気がした。
神妙な気持ちになって、ボクはそのままの体勢で固まってしまう。
『ううん。
わたしが病気で死んじゃったのはその通りなんだし。そこを救ってくれた破壊神、というかゆうちゃんには本当に感謝してるんだよ……。本当だよ?
赤ちゃんだったからその頃の記憶なんて残ってないけど、でも今は大好きなパパとママの様子を目の前で見ることができてるし、ありがとうの気持ちだってゆうちゃんの身体を使えば伝えることだってできる。それは本当ならあり得ない奇跡だから、それ以上を望むのが厚かましいのは重々承知してる。
……だからね、ゆうちゃんはゆうちゃんの思うように生きてくれて良いんだよ』
ゆう姉はそれきり黙ってしまった。
ボクの思うように生きる、か。
この冬が終わって春が来れば高校二年生。
ゆう姉の言葉に、ボクは背中を押された気がしていた。
§
「ゆうちゃん、これが二学期の成績?」
「そうだよ。こっちが期末テストの結果、それから通知表」
「一学期に引き続いて、すごく優秀だねえ」
今は12月23日の夜。
今日の昼間に個人面談があって、二学期の成績が返ってきた。
パパとママはそれぞれテストの成績表と二学期の通知表を前に目を見張る。
それを見ていたであろうゆう姉からも賛辞の言葉が聞こえてくる。
『ゆうちゃんすごいよね。半分以上の科目で満点じゃない』
『司くんはもっとすごいし、その上って人が他のクラスにはまだいるんだけどね』
『なにそれこわい、光星高校こわいよ。わたしだったらとても付いてけないよぉ』
『ふふ、大丈夫だよ。ゆう姉だってやればできたと思うよ。それに、司くんがいるからね』
『どういうこと?』
『司くんに追いつきたい一心で、この七年、ううん、もう八年近くやって来たからね』
『すごいなぁ、乙女の一念だね』
『一番最初は乙女の頃じゃなかったんだけどね』
そうやってゆう姉と念話に没頭していたら、つい表情に出ていたのかママに気付かれた。
「なあにゆうちゃん、にやけちゃって」
「えっ、いや、ちょっとゆう姉とやりとりしてただけだよ」
「なに話してたの?」
急に振られたものだから、例によってとっさの対応ができないまましどろもどろになりかかっていたら、その隙を突いてボクの意志とは関係ない言葉がボクの口から発せられた。
「ええ? それは……「司くんとの昔話だよっ、ママっ」……っ」
「え? なに、今の? ゆうちゃん?」
「えっと、あの、ゆう姉が一瞬飛び出してきてひとこと言って行ったみたい……」
ママは目をぱちくりさせてる。パパもあっけにとられているようで、成績表を手にしたまま固まっていた。
実はボクも驚いて、二の句が継げないでいた。
しばらく三人で顔を見合わせていたけど、そのうちママがぷっと吹き出して。そのままパパとボクにも笑いが伝搬する。
ゆう姉も念話で笑っているのが聞こえる。
「そういえば、そろそろ進路を決めなきゃいけないらしいんだよね」
みんなの笑いが収まった頃合いを見て、ボクがそう切り出す。
「もうかい? 早いねえ」
パパが成績表を置いてこちらに顔を向ける。
「うん。二年生からは志望別クラスになるんだけど、三学期になったらその届けを出さなくちゃいけなくて」
そう言って、ボクは脇に置いておいた封筒から一枚の用紙を取り出した。
「ゆうちゃんは、将来どんな仕事に就きたいのかねえ?」
にこやかにパパが尋ねる。ママも興味深そうに聞き耳を立てていた。
「実は大分前から決めていたんだけど、ボク、お医者さんを目指したいなって」
「ほう。
それはまたどうしてなんだい」
「医学部とかすごく大変だって聞くじゃない。ゆうちゃんの成績なら目指せるかも知れないけど……」
「うん。大変なのはそうだと思うんだけどね。
でも、一つだけずっと気になってることがあって……」
ボクはゆう姉が亡くなってしまった原因がずっと気になっていると告白する。
乳幼児突然死症候群と診断されたことも聞いた、だけどその病気は根本原因が分からないとも。
「うちの家族は幸いなことに、ボクという存在が生まれて少し救われたのかも知れない。でも世の中には16年前のパパとママみたいに、幸せの絶頂から突然悲しみの淵に落とされて、心に大きな傷を負ったまま癒やされることなく生きていく人もいっぱいいるよね。
パパとママを見ていて思ったんだ。この傷は深すぎて一生残っちゃうものじゃないのかって。だからね、そんな傷を負う人が一人でも減ったら良いのにって、そう考えて……」
そこまで喋っていたら、パパが急に立ち上がった。
そして、座っているボクの肩を、後ろからそっと抱きしめる。
無言のまま、過ぎる時間。
肩越しにパパが静かに語る声が伝わる。
「すごいねえ、ゆうちゃんは。
16歳で、そこまで考えるんだねえ」
ボクは前を向いたまま言葉をつなぐ。
「……ゆう姉のこととか、パパとママの様子とか、ずっと見てたら……ね。やっぱりこんな不幸は起きちゃいけないって、そう思っただけだよ」
ボクの言葉が終わる。でも、パパは離れようとはしてくれない。
再び肩越しに声が届く。
「パパとママはゆうちゃんを応援することしかできないねえ。でも、精一杯応援するからねえ。
ゆうちゃんはなにも心配せずに目標に向かって進めば良いからねえ。
それから、ゆう姉。パパの言葉は聞こえているよねえ?
パパからのお願いだよ。
ゆう姉もゆうちゃんの応援をしてあげてねえ。
ゆう姉はゆうちゃんに一番近いところにいる家族なんだ。だから、パパとママでは見えないところまで、手の届かないところまで、ゆう姉なら感じ取ることができると思うんだねえ。
そんな大役を任せてしまうのは申し訳ない事だけど、お願いするねえ」
パパの言葉が今度こそ終わった。
抱きしめていた腕が離れて、パパは自分の席へ。
そして、そのタイミングでゆう姉からの返事が届く。
「パパ、ゆう姉がね、お姉ちゃんに任せてって言ってる」
ボクが席に戻ったパパに向けてそう伝えると、パパもママもにっこりと微笑みを返してくれた。
こうして、今夜の報告会が終わりを迎える。
この家族で初めて迎える、ボクとゆう姉の16歳になる誕生日を数日後に控えて、ボクは人生で歩むべき方角をこうして定めた。
家族みんなの応援を背に、ボクはボクの決めた目標に向けて進み始める。
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