第71話 破壊神ちゃんは世界の破壊を望まない


『ユウキ、アナタ意識が戻ったの?』


 玲亜れいあちゃんとの念話が無事繋がった。


『意識は戻ったけど、身体は自由にならないんだ。身体の方はまだ黒い炎がコントロールしてる。それから、ボクの隣にはゆうきちゃんの魂もいる。

 それで玲亜ちゃん、今ボクたちの視界は真っ暗なんだけど、身体はどうなってるの?』


『今はね、高校の運動場に埋まっているわね』


『ええ? なにそれ』


『ワタシが隙を見て叩き込んだのよ。それでもまだ動くだろうから、少し様子を見てるのだけどね……って、やっぱり動いたわ!』


 玲亜ちゃんのその言葉に呼応して、ボクの視界が突然明るさを取り戻す。

 正面に見えるのは学校の南校舎だ、景色はそこへ向けて一直線に飛んでいく。その先には生成神の姿になった玲亜ちゃんが屋上に立っているのが見えた。


 玲亜ちゃんが校舎から上空に飛ぶ。

 ボクの視野はそれを追うように流れて玲亜ちゃんを捉えた。瞬間、玲亜ちゃんの姿が至近距離に現れて、また攻撃が加わった。

 でも玲亜ちゃんはそれを華麗に躱していく。


『ユウキ、それでワタシに話があるんじゃないの?』


 これだけの猛攻に曝されながらもそれを躱し続けて念話にも答える。

 そんな玲亜ちゃんはとても凄く、とても頼もしく思えた。


『うん、そうだよ。玲亜ちゃん、もしかするとだけど、ゆうきちゃんなら黒い炎を抑え込めるかもしれないっていう話なんだ』


『それってどういう話なのかしら?』


『夏休み前にボクが登校途中に倒れてつかさくんに助けられた事件、覚えてる?』


『ああ、あれね』


『あの時、ボクは心の奥底から湧いてきた黒い炎に巻かれて意識を失ったんだけど、その炎を広がる前に消してくれたのがゆうきちゃんなんだよ』


『玲亜ちゃん、聞こえるかな? ゆうきです、さっきぶり。

 それでね、その黒い炎っていうのがもしかしたら破壊神の魂なんじゃないかって思うんだけど。そこんとこ、どうかなぁ?』


『どっちも同じ声だから訳分からなくなるわね……。アナタたちが言ってる黒い炎、それはワタシからも視える状態で、そして破壊神の気配と一致するのは認めるわ』


『それじゃぁ、やっぱり』


『可能性は高い……のだけどね、正確には違うわね』


『どういうこと?』


『黒い炎は確かに破壊神の気配がものすごく強いわ、でもユウキ、アナタからも破壊神の気配はするのよ。これはユウキを身体から叩き出したから分かったことなんだけど。

 つまりね、ユウキと黒い炎、どちらも元は破壊神だったって事よ』


 玲亜ちゃんの予想だにしなかった説明に、ボクは少なからず混乱する。


『破壊神がゆうきちゃんの身体に入り込んだとき何かが起こって、破壊衝動が強くて神の力を多く持つ部分と、そうでない部分に分かれてしまったんでしょうね。

 手綱取りのない今の状態では神の力は暴走する他ないわ。だから誰かがその手綱を取らなければね』


『……それじゃボクがこれからしなければならないのは、あの黒い炎と混ざり合うってこと?』


『混ざるんじゃなくて、飲み込んで従わせると言った方が適切だと思うわ。

 ただ混ざっただけでは炎の方が優勢を握る可能性だってある。あくまでもユウキ、アナタが優勢にならないと問題は解決しないのよ。


 ……無理難題振ってこないでくれって思ってるわね?』


『……なんで分かるのさ』


『ワタシもそれなりにアナタを観察し続けてるからね。

 さて、これで説明は終わりよ。あとは二人のゆうきでうまいこと収めて見せてよね』


『分かったよ。こっちは黒い炎を鎮める手段を考えてみる』


『ええ、お願いするわ。でもね。

 そちらにも様子は見えてると思うけれど、ワタシも変に応戦できないのよ。ユウキには分かると思うけど、今ここは停止時空じゃないの』


『それってまずいじゃないか。一つ間違えたら巻き込まれて犠牲者が出ちゃうよ』


『そうよ。だからこの念話が終わったら破壊神を引きつけつつ、この星から離れるわ。それから、黒い炎を抑えるにしても、ゆうきちゃんが表に出てきちゃダメよ。ユウキ、あなたが最後は決めなさい。じゃないとゆうきちゃんの身体が死んでしまうわよ』


『宇宙に出るって事だね。分かった』


 そうやって念話が切れると、視界に映った玲亜ちゃんは言った通り急上昇を始めた。ボクの視界もそれを追いかける。そして玲亜ちゃんの姿がかき消えると、視線は青空に白く浮かぶ、上弦の月に固定された。


 直後、視界が切り替わる。


 そこは真っ暗な空と、眩しいほど白く輝く地面。

 そして、振り返るように動いた視界の先には青い……地球の姿が輝いていた。



§



 破壊神はあの一瞬で月面まで到達していた。


 隣で同じ光景を見ているゆうきちゃんは言葉もない。ボクはゆるゆると移り変わる視界の中に玲亜ちゃんの姿を探すけど、彼女の姿を捉えることはできなかった。

 そして再び視界が輝く地面で埋まる。しばらくそのまま止まったかのように見えていたけど、その視界を尖った物体が斜めに突き破った。


 その物体は光り輝く月面に負けないぐらいの青い光を発して、その月面に向けて突き刺さる。そして、巻き起こる猛烈な砂礫の嵐。物体から発せられる光を浴びて、目の前で大岩が砕けて砂粒になっていく。

 光る物体は、たぶん鎌だ。そして視界はその鎌の切っ先を睨んだまま動かない。おかげで周りの様子はまるで分からないけれど、この岩石の吹き飛ぶ量から察するに破壊神は月面を掘っているのだろうか。


 岩が砕け散りながら、目の前をどんどん遠くに掘れていく。そして左右に途轍もなく深い壁が形成されてきた。


 そこに至ってボクは改めて気づいた。と。


 壁から飛び散る岩の色は灰から黒、そして赤へと移り変わって熱を帯び、掘れた深さを物語る。

 岩屑の飛散が落ち着くと、視界を縦真一文字に区切る壁の彼方に黒い空間が見えてきた。そして、その真ん中には遠く遠く生成神の姿が浮いている。


『……ゆうきちゃん、今、破壊神はとんでもないことをしたよ』


『わたしも見てるけど、これって何がどうなったの?』


『……月を二つに割ったんだ』


 ボクがそう言い終わると、視界が急加速して遠くに浮かぶ玲亜ちゃんに向かう。

 加速して飛ぶうちに、月の断面からは赤熱した岩が浮かびだしてこちらに向かって飛んでくる。早くも月が元の一つに戻ろうとしていた。


『ゆうきちゃん! とにかく早く炎の本体を見つけ出そう。

 このままじゃ地球まで壊されてしまう』


『でも、でもこんな状態じゃ、わたし、無理だよ』


 そう言って彼女はうずくまってしまった。

 ゆうきちゃんはこの人知を越えた光景を見せられ続けて、すっかり怯えてしまっている。その気持ちはボクにも分かる、分かるけれど、今は彼女の勇気と力が頼りなんだ。

 ボクは彼女の隣に並ぶようにしゃがみ込んで、両腕でそっと彼女の肩を包み込む。


『だいじょうぶ。

 ここは神の力に守られてるから一番安全だよ。それに、ボクも魂だけになってはいるけど、表に出れば弱いとは言え神の力が使える。

 ゆうきちゃんのことはボクが最後まで守ってみせる。絶対にパパとママの元に連れて帰るから。だから、安心して?』


 ゆうきちゃんを抱きしめたまま、時が流れる。

 その間も玲亜ちゃんは破壊神の攻撃を躱して躱して逃げ続けていた。


 うずくまったまま、ゆうきちゃんの右手が動く。

 なにか探すような動き。そのまま見守っていると、左手も加わって掻き分け始めた。


『ゆうきちゃん、なにか、見つかったの?』


 彼女はボクの問いには答えずに、手を動かし続ける。

 突然その手は動きを止めて、そして、小声で呟いた。


『……見つけた。優樹ゆうき、見つけたよ』


『見つかったって?』


『しっ。大きな声出したら聞こえちゃうよ。

 わたしの両手に優樹の手を添えて。そうすればわたしの見つけたものが見えるはずだから』


 促されて、ボクはゆうきちゃんの両手にボクの手をそっと添える。

 視界が切り替わって、目の前に見えたのは燃えさかる黒い炎。しかも手を伸ばせばすぐに届きそうな位置だ。


『まずはわたしが捕まえるよ。そうすればたぶんおとなしくなるはず。

 それから優樹が手を伸ばして炎を取り込んで』


 取り込むときちょっと暴れるかもしれないけど、わたしが抑えてるから逃げられないはずだと彼女は言う。そして、作戦は始まった。


 呼吸を整えて、一気に彼女の手が炎に伸びる。炎は捕まった瞬間ひときわ燃え上がったけれど、すぐにそれは収まって先ほどまでよりも小さくなった。


『よし、無事に捕まえた。さぁ優樹、あなたの出番よ』


 ボクの手が炎に伸びる。ゆうきちゃんの手の上から被せるように伸ばした掌が炎に触れた瞬間だった。

 触れたところが小さな閃光を放って、ボクの手に炎が燃え移る。


『だめだよ優樹! もっと強い心を持って捕まえないと、反対に優樹が取り込まれちゃうよ!』


 ゆうきちゃんの叱咤が飛ぶ。

 炎は確かにボクの両手に燃え移ってはいる。けれど以前呑まれたときのような、自分が沈んでいくような感覚はなかった。


『だいじょうぶ。この感じなら取り込まれることはないから』


 ボクは燃える手のまま炎をさらに強く押さえる。炎の意志のようなものが伝わってくる。

 彼は、そうか……怯えていたんだね。


 この炎は、ボクのことを最初から主だとそう認識してる。


 だからボクのお願いに忠実に従ってくれていた。ボクが神の力を使うとき、自力では上手くいかなかった。けれどお願いをすればそれはいとも容易く実現していた。そのお願いを聞いていてくれたのは、紛れもなくこの炎になった破壊神の魂の半分だ。

 そしてボクが不安になったとき、ボクが怒りに燃えたとき、常に心に寄り添ってボクを守ろうとしてくれていた。ただ、それだけのこと。


 ありがとう。言葉を発することができないキミは、全身全霊で危機からボクを守ろうとしてくれていたんだ。

 でも、それももう今日までだよ。ボクは強くなれる。キミの力もこの身の糧にして、生まれ変わる。全てが分かった今なら間違いなく。


 慈しむ心を満たして、ボクは掴んだ炎をそのまま胸の中に収める。炎はまるで抵抗感のないまま、ボクの胸の中に吸い込まれていった。それと同時にボクの意識が膨らみ始める。どうやら、身体のコントロールがボクに戻るらしい。


『ゆうきちゃんありがとう。無事に終わったよ』


『そうみたいだね。よく頑張ったね、優樹』


『一番頑張ったのは君だよ。本当にありがとう。ボク一人じゃどうにもならなかった。

 とりあえず後始末をして地球に戻ったら、改めて話そうね』


『うん。それじゃそれまでの間、わたしは一休みしておくね』


『そうだね。おつかれさま、ゆうきちゃん』


 そしてボクの意識が身体にぴったりと収まった。

 視界は玲亜ちゃんの頭で埋まっていた。


 ボクは言葉を発しようと口を動かしたけど音にならないことで、ここがまだ宇宙空間だったことに気がついた。改めて念話で玲亜ちゃんに話しかける。


『玲亜ちゃん。おつかれさま。もう大丈夫だよ』


 玲亜ちゃんはボクの胸に顔を埋めて体重を預けている。そして彼女の両腕はボクの両腕ごとがっちり上半身をホールドしてきていた。


『もう。なんだって言うのよアナタは。振り回されるワタシの身にもなりなさいよ』


『ご、ごめん』


 ボクが思わず謝ると、彼女は両腕のホールドを緩めて、そして顔を上げてボクをじっと見つめる。


『もういいわ。

 それで、炎はちゃんと処理できたの?』


『うん。彼は玲亜ちゃんの言った通り、破壊神の魂の片割れだったよ。

 彼はボクのことを一生懸命守ってくれていたんだ。彼自身も不安と戦いながらね。だから最後はお互い安心して一つになった』


『そう。それなら良かったじゃない』


『それから、ゆうきちゃんなんだけど。彼女も何かの能力を持ってるみたいだよ』


『その話は地上に戻ってから聞くわ。それよりも……』


『わかってるよ。この散らかったのを片付けないといけないよね』


『そういう事よ』


 ボクたちの周りには月が割れたときの岩屑がたくさん漂って、そして月自体も割れ目がうまく合わさらずに、なにやらちょっと歪んでしまっていた。

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