第70話 優樹とゆうきと黒い炎


 黒い炎に包まれて、ボクは闇に閉ざされた。


 そんな中、呼ぶ声が聞こえた。

 しかも割と近くで、というか耳元? でもないね、これは念話かな。


優樹ゆうきちゃん!』


 直接心の中に響く声、それは間違いなく念話なのだけど。ん? これは、ボクの声?


『誰?』


 と、念話でボクが返すと返事があった。


『あぁ、やっと気がついたぁ。優樹ちゃんよね? 大丈夫? 気はしっかり持ててる?』


『え、えっと。あの、念話を送ってくる君は、誰?』


『えー、やだなぁ。わたしよわたし、ゆうきだよ』


 へ? どういう事?

 ゆうきちゃんとは今まで会話ができた試しはなかった。

 どうして今になって会話ができるんだろう。


『あ、あの。ゆうきって、あの、なんて言ったらいいんだろ。この身体の持ち主だった、ゆうきちゃん、だよね?』


『ややこしい言い方だけど、そうね。わたしはゆうき。この身体に元々入っていた方の魂、になるのかな』


『そうか、そうなんだね。ずっと一緒に居たはずなのに、こうやって話すのって初めてだから、なんだか妙な感じがする。

 それで、玲亜れいあちゃんに殴られたけどゆうきちゃんは無事なの?』


『うん、なんとか無事。さすがにあれだけぶん殴られちゃうとちょっと苦しかったけど』


『よかった……。

 今ゆうきちゃんはどこにいるの?』


『見えてないの? あなたのすぐ隣にいるよ。しっかりしてよね』


 そう言われたけど、隣に彼女の気配なんかないよ? ……って思い始めたら急に気配が湧き上がって来る。

 気配の湧いた方へ意識を向けると、そこにはボクが立っていた。


『見えたよ。まるっきりボクの姿だけど』


『そりゃぁ、どちらも優樹なんだから同じ姿にもなるよね。魂は別物だけどね』


『……それもそう、だよね。とはいえ初めましてって挨拶すれば良いのかな……この状況』


『なんだかすごく今更な気もするけど。っと、それはともかく今、外の様子がどうなってるか把握できてる?』


『えと、全然』


『まぁさっきまで意識がなかったんだから仕方ないか。あのね、今は玲亜ちゃんが優樹と戦ってる』


『ええ? どうして? ボクは身体を動かしてないのに』


『わたしも動かしてないよ。わたしの身体を動かしてるのは、わたしたちの更に裏に隠れてた三つめの何かみたい。

 ねぇ優樹、あなたそれについて何か知らない?』


『何かって言われても……。

 あ、もしかしてあれかな……、ボクが意識をなくす直前に湧いて出た黒い炎』


『あぁ……あの黒い炎かぁ』


『ゆうきちゃん、知ってるの?』


『わたしも一度だけその黒い炎に触れたことはあるの。あれはあなたが倒れてつかさくんに助けられた時ね』


『そうなんだ。

 あの時は確か登校途中に舞浜まいはまさんが司くんに駆け寄る姿を見かけたとき。二人の様子を見てたら黒い炎が湧き上がって、抑えきれなくなったんだ。

 でも、保健室で気がついたときには、もう炎は影も形も残っていなかったんだけどね』


『それは、わたしが鎮めたからよ。その時の黒い炎を』


『えっ? そんなことが君にできるの?』


『できるというか、できたというか……。

 あの時はあなたが黒い炎に取り込まれちゃうような感じになっちゃったから、これは放っとくとまずいって思って。炎を叩いて消して回ったの。そしたらまぁなんとか収まってくれたんだけど……。

 あなたは少し炎に捕まっちゃったせいかな、意識をなくしちゃったんだね』


『その、君も少しは炎に触れたわけでしょう? でも意識をなくしたりはしないの?』


『触れたけど意識をなくしたりはしなかったの。意識の裏にいるせいなのか、他に理由があるのかは分からないけど』


『そうなんだ』


『それでね優樹。この戦い、このまま放っておいて良いと思う?

 直接あなたにも外の様子を見て欲しいんだけど』


 ゆうきちゃんがそう言うので、ボクは意識を向ける。すると外の様子がボクにも見えるようになった。

 目前で玲亜ちゃんが、ボクたちの方から繰り出される猛攻を躱している様子が映し出されている。よく見ていると、場面がコマ送りになったみたいに、玲亜ちゃんの位置が飛び飛びに映ってる。


『これは玲亜ちゃんが瞬間移動を繰り返してるのかな?』


『うーん、戦いの細かいやり方は分からないけど、もし玲亜ちゃんが瞬間移動を繰り返してるのなら、攻撃を躱してる彼女の姿が急に近くに現れたりはしないと思うんだよね』


 なるほど、そう言われればその通りで。玲亜ちゃんはどちらかと言えば防戦一方。その割に映る姿は急に大写しになったりするから、これはどっちかっていうとボクたちの方が瞬間移動してるみたいだった。


『ゆうきちゃんの身体の方が瞬間移動を繰り返して攻撃してるみたいだね。


 ……止めるか止めないかって言われたら、止めた方がいいのかな……。でもねゆうきちゃん、もうボクは玲亜ちゃんのことが、生成神レイアのことが信用できないんだよ』


『どうして?』


『どうしてって。


 玲亜ちゃんは君をこの身体から追い出して輪廻に戻すと言っていたんだ。でも、実際に起こったのはボクが身体から追い出されて、そして瀕死のゆうきちゃんが残った。

 ボクが追い出されたのはまだしも、ゆうきちゃんが瀕死になった事に対して何も言ってくれなかったことが、ね』


『こんな状況でも自分のことより他人のこと心配するなんてさ、優樹はやっぱり優しすぎるよ。

 そりゃ、殴られたときはとんでもなく痛かったよ? でもすぐにあなたが助けてくれたし。

 それに、わたしはどのみちこの世から消え去る運命にあったんだから。

 本当なら、15年前にね。


 だから今わたしがここにいるのは、なんて言うかな、敗者復活戦?』


 ゆうきちゃんは明るい顔でそう言うけど。


『……それは……少なくとも敗者復活じゃないと思う。

 ただ単にさ、ボクはもう身内の誰も悲しませたくないだけなんだよ……。


 パパもママも15年前、ゆうきちゃんの死に対して例えようのない絶望に打たれていたと思うんだ。それをゆっくりゆっくり、時間を掛けて回復させてきて、今のパパとママがいる。


 ボクはこの数ヶ月パパとママのことを見てきて思ったんだ。二人とも明るく振る舞ってボクを愛してくれるんだけど。でもやっぱり、どこかに影があるような気配はふとしたときに感じるんだよ。


 ゆうきちゃんの死って、それだけのインパクトがあったこと、なんだ。多分。


 ……だから、ゆうきちゃんがまたいなくなる事態だけは避けたかった』


 そこまで話すと、ボクは無性に悲しくなってきた。涙が目から零れる、止めどなく。そんなボクに対して、ゆうきちゃんは優しく問いかけてくる。


『ねえ優樹。もし、もしもだよ? 玲亜ちゃんが欲しいのはあなたの魂だけで、他は不要だったとしてさぁ。

 それならわたしがさっきの一撃で死んじゃわなかったのは、どうしてかな?』


 ゆうきちゃんの問いかけに、ボクはその時答えられる言葉を持ち合わせていなかった。


『もし本当にそういうつもりだったら、わたしの身体をそれこそ形が残らないくらいに粉々にしちゃえば良かったわけじゃない?

 でも、そうはしてないよね。


 彼女が答えてくれなかったのも、今の優樹みたいに、その時は答えが用意できなかっただけじゃないかな』


『……そう、なのかな……』


『きっとそうだよ。なにか訳があるはず。

 だからこの戦いは止めさせて、それで彼女にちゃんと聞かなきゃ。ね?』


 初めて会ったゆうきちゃんは、ボクなんかに比べたらずっとずっと前向きで、そして楽天家だった。でも自分が死にそうになっても、もっと他に大事にすべき事があるって考えるところは、なんとなくボクに似ていた。


『……わかった。ゆうきちゃんの言う通りにするよ』


 ボクが涙を拭いてそう言うと、彼女は花が咲いたみたいにぱあっと明るく笑ってくれた。

 ボクが思いっきり笑うとこんな表情になるんだって初めて知ったけど、なかなか良い笑顔してるねって感じられた。


『それじゃさ、上手くやれればこの戦いも止められるのかな?』


『うーん、どうなんだろう。優樹が眠っている間にわたしが身体を乗っ取ったりはできたんだけど……、今まさに黒い炎が起きて動いてるしなぁ……』


 二人でしばらく考えてみたけど、ゆうきちゃんが黒い炎を鎮める良い方法は思いつかなかった。ともかく、一度玲亜ちゃんとコンタクトを取ってみることに決めた次の瞬間、眼前の視界が目にも止まらない早さで流れ去ったと思ったら、今度は真っ暗になった。


『いきなり視界が真っ暗になった!』


『どうなってるのか玲亜ちゃんに聞いてみるよ。少し待って!』


 慌ててボクは玲亜ちゃんに念話で呼びかける。


『玲亜ちゃん! ボクだよ!』

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