第69話 破壊神、ユウキ


 目前に立つユウキの気配から普段の白い清澄さが消えて、黒く澱んだものになる。それはいわば暴力の塊のようなもので、それこそが本来の破壊神の魂に違いなかった。

 まだ何も始まってはいない、でもその黒く澱んだ魂から感じられるものは、わたしの心にも身体にも底知れぬプレッシャーを掛けてくる。

 このままいては危険なことは分かっていたけど、多分その時のワタシの顔は、獲物を見つけた獣のように口角を引き上げて舌舐めずりをしていたに違いない。


「ようやく現れたわね、ワタシの破壊神!

 やはりこの感覚よ! ユウキとは違う、この荒々しさ」


 目の前に立つユウキの姿こそ普段と変わらない制服姿だけれど、その身から湧き上がる気配は黒く、これまで見たことのないもの。急に動き出すことも警戒して、ワタシは姿を生成神のものに変えて対峙する。


 しばしの間があって、ユウキの姿が制服から破壊神のそれに切り替わった。


 そして次の瞬間、ワタシは瞬きもせずに破壊神を凝視していたはずなのに、その姿を見失った。

 と同時に背後から襲う衝撃。

 ワタシは前に向かって吹き飛ばされ、屋上のフェンスをそのまま突き破ってさらに弾け飛ぶ。気がついたときには校舎は上下逆さまで遙か後方に飛び去り、そこでブレーキを掛けて空中で姿勢を立て直す。


 と同時に再び背中から衝撃が襲う。しかし今度はすぐさまブレーキを掛け空中に留まった。だけど、どこに破壊神がいるのか分からない。

 これは、思っていたよりもヤバい展開かも知れなかった。


 とにかく一点に留まらないように細かく飛び回りつつ、破壊神の気配を探る。


 探っている間にもさまざまな方向から衝撃が襲う。先ほどの初撃よりはずいぶんと軽め、とはいえこんなもの生身の人間が受けたら只では済まないレベルではあるのだけど。


 破壊神の気配は連続的ではなく、瞬間瞬間に点々と現れる。どうやら瞬間移動を繰り返しているようだ。そんな移動を続けられることも驚異的だけど、その状態から的確に攻撃を入れてくることが、もはや尋常ではなかった。ユウキとは全く違う動きに、ワタシは付いていくのが精一杯の状況だ。


 そして次に背後に気配が現れた瞬間、ワタシは振り向きざま、ハンマーを使って防御に成功した。そのまま鎌とハンマーの鍔迫り合いになる。


 無表情に瞳だけが赤く輝く破壊神の顔が間近に迫った。

 まるでお人形のようねと、不意にそんな印象が心に浮かぶ。

 そう、人形。そうなのかもしれない。魂は破壊神でも、それを包む身体はゆうきのものだ。今のゆうきの身体は破壊神に操られて戦う人形。


 でもその人形は神の力に守られて、決して壊れることはない。ワタシの全力をぶつけたとしても。そして逆に破壊神の全力をぶつけられても、ワタシが壊れることもないのだ。


 別の言い方をすれば、この戦いに決着が付くことは永遠にないということでもあった。


 鍔迫り合いから一旦打ち放ち、破壊神と距離を取る。相手は瞬間移動に移ることなく、鎌を構えたままこちらの動きを窺っている。それではと、今度はこちらから仕掛ける番。


 ワタシはハンマーを中段に構えて破壊神の胸元めがけて飛ぶ、すぐさま反応して鎌を構える破壊神。それを見てワタシは飛行途中から瞬間移動で相手の直上に現れる。

 その現れざまにハンマーを振り下ろした。


 確かな手応えと共に地上に向けて吹っ飛ぶ破壊神。それを追って瞬間移動を使ってピンポイントで移動点を重ねて、更にハンマーを食らわせる。

 校舎南側に広がる運動場のど真ん中に破壊神は叩き込まれ、校舎の高さを遙かに超えて土煙が猛然と上がった。


 普通だったらここからすぐに攻撃に転じることなんてできないけれど、破壊神なのだからここまでやってもノーダメージのはず。それよりもこの機に乗じて相手が仕掛けてくる事すら考えられて、ワタシは土煙の中心から距離を取るように、南館校舎の屋上に立って警戒する。


 その時に改めて気がついた。


 ここが停止時空ではないことに。


 土煙を濃く高く漂わせる運動場の向こうは学校の建つ丘の稜線が続いて林になっているけれど、そのくすんだ緑色は健在だ。空も青く、太陽が眩しい。

 つまり、この状況の戦闘は周囲に傷跡を残すことになる。それにもう先ほどから耳には入っているのだけど、下の校舎からは生徒たちの騒ぎ声が響いていた。


 しくじった。

 ゆうきの魂を追い出すために停止時空を使えなかった。そのままの流れで戦闘に陥ってしまったが為の、この状況。


「このままここで戦うのは問題がありすぎるわね」


 今のところ破壊神のターゲットはワタシ。ただそのターゲットが他に移らないという確証はない。例えば宇佐美うさみとか、他の生徒とかに向いてしまえばあっさりと何人か死んでしまうことだろう。いくら真理録レコードを使って後からリカバリーできるとは言っても、目の前で知った顔が絶命するのを見たくはない。


 かといって今から停止時空に切り替えるのも難しかった。そちらに力を振り向ける余裕が今のワタシにははっきり言って、ない。


 とにかく破壊神を人気のないところへ誘導するのが今一番求められる行動だった。

 ワタシは空を見上げて睨む。やはり地球の外に出るしかないのかと。


玲亜れいあちゃん! ボクだよ!』


 その時、破壊神の魂に呑まれたと思っていたユウキの念話が届いた。

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