第68話 デッド or アライブ
その瞬間の光景は、ボクにも見えていた。
眼前でハンマーを食い止めた小さな鎌の姿も、悪態をつく
衝撃は感じられた。
瞬間、目をつむったので意識は暗闇に捉えられた。
不思議と痛みは感じなくて、苦しさも感じなくて。
静まりかえった世界の中、徐々に目を開けると、校舎の屋上には制服を纏ったボクが倒れていた。その隣には玲亜ちゃんが左手にハンマーを握ったまま立ち尽くす。彼女の握り込んだ右手から、光る糸が垂れていた。
倒れているボクの身体はピクリとも動かなくて、生きているのか死んでいるのか。そもそもなんでボクは上空から二人の様子を見ることができているのか。
つまりこの状況はボクの魂が身体から弾き出されているということ。それを理解するのにそう時間はかからなかった。
ボクはゆっくりと自分の身体に近寄り、様子を窺う。目を閉じて苦悶の表情に塗れるボクの顔が見える。肩に視線をやると、少しだけれど上下している様子が分かった。
ボクの身体は、まだ生きていた。
でも、ゆうきちゃんはどうしたのか。
身体が生きているって事は、まだ中に残っているんじゃないか。もしそうであれば、この作戦は失敗したって事になるんじゃないか。それに生きているとは言ってもハンマーで殴られたのだから、ただでは済まないはず。
ボクの身体だけど、今ボクの魂が抜けているのなら、普段のように傷一つ付かないといったことにはならないはずだ。つまり、ゆうきちゃんは今瀕死の状態に違いなかった。
作戦は失敗。それを玲亜ちゃんに一刻も早く伝えようと声を出そうとするけれど、ボクの声は一つも音にならなかった。
そうだ、魂だから声は出せない。でも、ボクには念話がある。意識を集めて、玲亜ちゃんにいつものように念話を送った。
『玲亜ちゃん』
『ユウキ? 意識はあるのね?』
『玲亜ちゃん、作戦は失敗だよ。ボクが身体から弾き出されてしまってる』
『やっぱりそう。
さっきからアナタの気配が身体と一致しないから、そうじゃないかと思っていたわ』
『このままじゃゆうきちゃんが死んでしまう。どうにかならないの?』
『どうにかと言ってもね』
なんだろう、この歯切れの悪い玲亜ちゃんの態度は。
ボクは彼女のきちんとした説明を期待して、もう一度おずおずと尋ねる。
『玲亜ちゃん、この状況は予想外……なんだよね?』
彼女は答えない。そのせいでこの状況が彼女の意志で導かれたものだとも思えてくる。そう考え始めると、どんどんと彼女に対する疑念が湧いて止まらなくなる。
思えば、彼女は最初からボクを目の敵にしていた。彼女は自分の思い通りの姿にならなかったボクを見て、輪廻に還してあげるとまで言い切った神だ。
でも、それはボクからも彼女に対抗しうる力を見せることで収まった話だと、そう信じていたのだけど。
神と人間ではその考え方はやはり相容れないものなのかも知れない。
圧倒的な力をもっている存在だから、非力な人間など物の数ではないのかも知れない。だから人間から見たら残酷なことだって、神の目的に合致すればいとも容易くやってのけることができるのだろうか。
いや、それは人間だって同じことかな。
悪い方に考え始めると、その思考はどんどんと加速して止まらない。
とにかく今はゆうきちゃんとその身体を助けることを第一に考えなければ。
思考するのはその後で良いはずだ。
ここでボクがゆうきちゃんの身体に溶け込んでしまえば、おそらく身体自体は元の状態に回復する。でも、身体の回復にどれだけの時間がかかるか読めないのが心配だった。
時間がかかるようだと玲亜ちゃんに気づかれて、また攻撃を受けるかもしれない。そうなれば逃げ出すこともできないし、今度こそ本当にゆうきちゃんの身体は死んでしまう。
でも、やるしかないよね。
決意したら早かった。ボクは身体に寄り添うようにその中に吸い込まれた。
とたんに襲いかかる激痛。それは胸から発して全身をくまなく駆け抜けて、さらに反射して折り返して何度も何度もボクの意識を容赦なく殴りつけてくる。でもここで耐えきれなければ。玲亜ちゃんに勘付かれてしまったら、今度こそこの身体は死んでしまう。
いや、彼女はもう気づいてるかもしれない。ボクの魂の気配を敏感に感じることができるのだから、ボクが今身体の中に入り込んでいるくらいは分かりそうなものだ。
三拍もしないうちに痛みは消え失せた。もう動けると直感する。でも玲亜ちゃんは仕掛けてこなかった。ボクはうっすらと目を開けて、彼女を視界に収めた。
昔崩れ落ちた民家の底から見上げた時に映った、生成神レイアのどこか冷たく感じられる瞳がそこにあった。
まだ倒れている姿勢のまま、自由になる左手を伸ばして握り込む。握り込んだ掌に鎌のペンダントトップが戻ってきた。
鎌はすぐに元のサイズに戻る。それを杖代わりにして、ボクはゆっくりと立ち上がる。
立ち上がるうちに脚に力が戻ってくる。ボクは鎌を生成神に向けて構え、凄む。
「どういうつもりだよ」
女の子になってからこちら、もうすっかり忘れていた厳しい口調が口を突いて出た。
「何か言いなよ、レイア。ボクが弾き出されて、ゆうきちゃんは瀕死になった。これは過失なのか、それとも故意なのか」
「アナタは何か勘違いしてるようね」
冷たい瞳のまま、そう言い放つ彼女の声もまた、氷のようだ。
そして氷のような彼女に対して、ボクの心は怒りに燃えたぎる。
まただ。
心の奥底から、黒い炎が燃え上がる。今回は今までに湧き出てきた炎のどれよりも大きく、激しく燃えさかるのが感じられる。
普段なら消すことに躍起になるのだけど、今はもう、どうなってもいい。
ボクはその黒い炎に心を委ねる。
炎は留まることなく一気に身体の外にまで燃え広がって、そしてボクの意識も薄れた。
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