第67話 仕上げをご覧じろ


 あの会議のことはおそらくゆうきにも筒抜けで、だから彼女が自身を滅ぼすような真似をしてくることはないんじゃないか。つまり、もうユウキの魂を差し置いて浮かんでくることはないんじゃないかと、ワタシはそう楽観的に考えていたのだけど。


 でも、その時は案外早くやってきた。


 学校の休憩時間、少し時間があってリツコやサトミと他愛もない話をしていたときに、突然私たちの教室に闖入者が現れた。


「ごめん! はたさんいるっ!?」


 呼ばれた声に顔を向けると、その見知った顔にすぐピンときた。彼女は四組の玉垣たまがきさん。ということはゆうきが現れたのに違いない。


「すぐに行くわ」


 ワタシはそう言って立ち上がり、リツコとサトミに短く断りを入れてから玉垣さんの後をついていく。


 案内された先で待っていたのは、四組の廊下で宇佐美うさみを壁に追い詰めているユウキの姿だった。


 ユウキは近づくワタシに気づくこともなく宇佐美に迫ったままだ。


 ワタシは隣にいる玉垣さんに指示を伝える。


「今から打合せ通り仕事をするから、あなた達は今の状態をできるだけ長く維持してちょうだい。事が終わったらワタシはまたここに戻るから」


 玉垣さんが頷くのを見て、ワタシはすぐ横の階段を駆け足で上る。踊り場でターンしたところで瞬間移動を掛けて校舎の屋上へ向かった。


 今回は生身の人間であるゆうきが相手だから停止時空を使えない。なので通常空間のまま収納空間を呼び出し、ハンマーを握る。真理録レコードを開いてゆうきのページへ。そして、以前一度は消去したゆうき復活の項目を書き込む。


「これでよし」


 仕掛けを終わらせたワタシは、再び瞬間移動で階段の踊り場へ。さらに階段を下りて四組前の廊下に赴くと、ユウキはまだ宇佐美に絡んでいた。

 その周りを囲む玉垣さんたち三人。その囲みに割り込むように、ワタシはユウキの真後ろに立つ。


「ゆうき、アナタもう逃げられないわよ」


 ワタシが声をかけると、それまで宇佐美に肉薄していたゆうきの動きが止まる。そしてワタシの方へ振り向いてこう言った。


玲亜れいあちゃん、それ、どういう意味なの?」


 その目つきはいつものユウキが見せる温和な表情ではなくて、どこか厳しさを含んだ表情。


「こういう意味よ」


 ワタシは振り向いたゆうきの襟元を左手で掴むと、そのまま瞬間移動をした。


 移動した先は校舎の屋上。最初にユウキを連れて上がったあの場所。

 あの時は破壊神に目覚めたユウキに逃げられてしまったけれど、今回はのゆうきが相手、逃げられる心配はない。


 左手は彼女の襟を掴んだまま振りかぶった右手にハンマーを呼び出して、そのまま頭めがけて打ち下ろす。

 ゆうきの怯えた目をハンマーの影が覆った。


 ガイン。


 と鈍い金属音がした。


 ワタシのハンマーはゆうきの頭を打ち据える寸前で止まっている。いくら力を込めてもそれ以上ハンマーは進まない。不審に思いつつハンマーを下げると、そこにはユウキがいつも胸元に掛けている、鎌のペンダントトップが光っていた。


「クッ、なんて忌々しい鎌なの。今のゆうきは破壊神でもないのに、それなのに」


 鎌の存在に気を取られたワタシの手から、制服の襟が逃げる。しまったと思った隙に、彼女は体を捻ってワタシから逃げ出した。


 でもここは屋上、周囲は高いフェンスに囲まれていて、唯一の出口はワタシの後方にある。つまり、普通の人間ではここから無事に逃げることなどできない。

 案の定行き場をなくした彼女はフェンスの角に追い詰められて、今にも死んでしまいそうなほど恐慌に染まった表情を見せていた。


 そしてそんな彼女の目前に浮かぶ鎌のペンダントトップ。

 今のゆうきが破壊神ではないから本来の大きさに戻れないのか、ペンダントサイズのまま健気にも主を守ろうとしている。でも、その程度の力でワタシを完全に食い止めることは無理。


 再びゆうきの頭をめがけてハンマーを横に振ると、鎌もそれに追従して防御に入る。でもそれはフェイントだ。ワタシはハンマーの軌道をねじ曲げて鎌の隙を捉える。

 振り抜くハンマーから手を離して、フリーになった右手で鎌を掴んで手前に引き倒す。それと同時に今度は左手にハンマーを呼び戻して、バランスを崩してぐらついたゆうきの胸に向けて、ワタシは最後の一撃をアンダーハンドから叩き込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る