第66話 ねずみを捕る仕掛け
「それじゃさっそく話を始めるわ。
先日起きた、
あの事件の原因は、この子の身体の中にもう一つの魂が入っているせいなの」
ボクと玲亜ちゃん以外の4人の表情が固くなる。
それには構わずに玲亜ちゃんは坦々と話を続けていく。
「これは彼女が生まれたときからなのだけどね。
そして、もう一人の魂はもう何年も表に現れることのないまま、今年に入るまで静かにしていたからユウキもワタシもすっかり安心しきっていたのだけど」
玲亜ちゃんがそうやって話すと、4人はみんなボクの方に注目する。
ボクは彼女の話が本当であることを、首肯することで認めた。そして話をボクが引き継ぐ。
「この事は荒唐無稽すぎて、今まで他の人に話したことはないんだ。知っているのはボクと玲亜ちゃん、そして両親だけ。
パパとママも二つの魂のことは知っているけど、今はもうボクだけだと思ってる。もう一人の方が今になって復活してる事はまだ知らせてない」
「もう一人の魂、というのは誰なんでしょうか?」
これには玲亜ちゃんが答える。
「ワタシたちはもう一人のゆうきと呼んでいるわね、自らゆうきと名乗っていたわ。それはワタシが以前確認したから分かったことでね」
「あのさ、魂が二つあるだとか、そんなことが分かる秦さんって、一体何者なん?」
「ユウキの元クラスメイトよ。中学時代のね」
「いや、そうじゃなくって。
なんて言うかさあ、話が非現実的すぎてついてけないのに、秦さんは平然としてるじゃん」
それは正直に話せばボクたちの正体にも触れる事。走る緊張を隠したまま、ボクは玲亜ちゃんの返答に耳を傾ける。彼女は動揺した素振りをまったく見せずに、ソファーにもたれたまま至って平静に答え始める。
「ああ、そういう事。
ワタシはこの子のこんな状況に触れて長いから、もう慣れちゃっててね。
元々ワタシはこの子の監視役なの。ユウキはこういう特殊な状態にある子だから、困ったことが起きるかも知れない。そんなときにサポートするのがワタシの役目」
「今まさに
「そうね。この子だけでは問題解決できないし、もちろんあなたたちにも無理」
無理と聞いて室内に沈黙が流れた。
再び玲亜ちゃんがソファーにもたれ直して語りを続ける。
「でも、ワタシ一人でも今回の問題解決は無理なの。だからあなたたちの協力を仰ぎたいのよ。それが今ここに集まってもらった理由」
玲亜ちゃんはそう言うとジュースを一口飲んで、ゆっくりと話を続ける。
「今の状態を放っておけない理由があるわ。
このままだとユウキの魂は消えてしまって、もう一人のゆうきに取って代わられてしまうの。だからもう一人の方にはこの身体から
でも、今のままではもう一人の方は自在に浮かんだり沈んだりして、捕まえられないの。それではワタシも対処のしようがないから、浮かんだまま固定させたいのよ。
そうすればそこから先はワタシの力で対処できる。
その固定する作業を進めるときに、あなたたちの力が必要なのよ」
今まで黙って話を聞いていた
「要するにー、放っておくと優樹が優樹でなくなるって事かなー?」
「ええ、そういうことよ」
背筋を伸ばして聞き入っていた史香ちゃんだけど、腕を組んだまま何かに納得した表情を見せて口を開く。
「それで、その原因であるもう一人の魂を、どこかにやってしまおうという訳ですね」
「そうね、その理解で合っているわ」
「そのために僕たちは何をすれば良いんですか?」
玲亜ちゃんの向かいに座る司くんが、開いた膝に肘を乗せて、前傾姿勢になった。
「おそらくもう一人のゆうきは、また宇佐美君に言い寄ると思うの。そうしたらワタシを呼んで? 魂の固定作業を終えるまでの間、時間稼ぎをして欲しいのよ」
「秦さんがやって来るまで、優樹さんの行動をそのまま受け入れていれば良いって事ですね?」
両手を重ねて顔の下で握り込む司くん。決意を固めているのだろうか。
「そうね。多分それが一番の時間稼ぎにはなるでしょうね。ちょっと大変かもしれないけれどお願いするわね、宇佐美君」
玲亜ちゃんの表情が少し柔らかくなる。
相変わらずソファーにもたれたまま話を聞いていた愛ちゃんが、玲亜ちゃんに尋ねる。
「それでさ、秦さんはその時どう動くのさ?」
「ワタシは現場とは別の場所で固定作業を施すわ。その場でやると騒ぎになるだろうから。
作業が終わったらあなた達と現場で合流して、そこから先、魂を弾き出すのはワタシの仕事になるわね」
「……まだ話を飲み込めてないところもあるんだけどさ。もう一人のゆうきの魂は追い出してしまうとしても、本当の優樹はどうなってしまうのさ?」
「全てが上手く行けば今まで通り生活ができると思うわ。もちろん、今回の事件みたいなことも、もう起こらない」
玲亜ちゃんは愛ちゃんの目を真っ直ぐに見据えてそう断言した。
「追い出されたもう一人のゆうきの魂はどうなってしまうんでしょう?」
玲亜ちゃんの目線だけが史香ちゃんに合わさる。
「それは、しかるべき場所に行ってもらうことになるわね」
「それって、天国とか、地獄とかそういう話ですか?」
「んー、少し違うのだけど。この世ではないどこか、という事であればその通りね」
「魂を弾き出すってさー、どうやってやるのー? ちょっと興味あるんだけどー」
「そこは企業秘密って事でお願いするわ」
玲亜ちゃんが佳奈ちゃんに向けて、ニコッと笑みを返した。
弾き出すと聞いて、佳奈ちゃん同様ボクも気になった。こっそりと念話で確認してみる。
『玲亜ちゃん、弾き出すって言ったけど、もしかしてすごく手荒な事しようとしてない?』
『あら、多分想像の通りよ。ハンマーでぶん殴るだけよ』
『そんな事をしたら……』
『もう彼女の魂は身体には戻れないわね』
『いや、それはそうかもだけど、ボクの身体はどうなっちゃうのさ』
『あなたが中にいる限り、身体が死ぬことはないと思うわよ? 実際以前ワタシと戦ったときでも傷一つ付かなかったでしょう?』
『でもあの時はボクの魂が表に出てたから大丈夫だっただけなんじゃないの?』
『そこら辺はワタシにもはっきりとしたことは言えないわ。まあやってみてダメでもリカバリーはできると思うから、気にせず進めましょう?』
『う、うん。それで、もう一人のゆうきちゃんの魂はどうなっちゃうの?』
『彼女の魂は今度こそ本当に輪廻の海に行くことになるわね。本来15年前に起こっていたはずのことを今もう一度やる、それだけの事よ』
『……それはちょっと、嫌かな』
『どうして?』
『本当のゆうきちゃんは彼女だよ。パパとママにとっても。
ボクはやっぱり本物のゆうきちゃんじゃない』
『それはどうかしらね?』
『どういう事?』
『アナタのご両親にとっても、本当のゆうきちゃんはもうアナタじゃないのかって事よ。
元々のゆうきがご両親といたのはわずか2カ月とちょっと。それに対してアナタはもう何ヶ月一緒に暮らしてる?
今はもう10月半ば、アナタがゆうきちゃんになっておよそ5カ月よね? しかも元のゆうきちゃんは赤ちゃんだったのだから本人に記憶はないわ。
さて、どちらが本物のゆうきちゃんかしらね?』
『……それは、そうかも知れない、けど。
……やっぱり、この世から消えるのならボクの方だよ。
それに、玲亜ちゃんもその方が都合良いんじゃないの? ボクが人間としてあるよりも、一度魂だけの存在になった方が破壊神として適当なんじゃないの?』
『ユウキ、アナタはそれで良いのかも知れないけどね、アナタじゃないゆうきが残ったところで、アナタのご両親はどういう気持ちになるかしら。宇佐美君も、玉垣さんたちも。
よく考えなさい。それはきっと誰にとっても不幸なだけよ』
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