第6章 家族、ともに進む

第72話 破壊神ちゃんのあとしまつ


 月から瞬間移動で学校上空に戻ってきたボクと玲亜れいあちゃんの二人。

 下の様子を窺うと、グラウンドの大穴周辺にはパトカーと消防車が集まってきていて、大勢の人たちが穴の様子を窺っている。さらにヘリコプターが数機飛んでいて、やらかした事態の大きさに改めて身震いがする。


 ボクたち二人はそれぞれ神様衣装のまま並んで空中に浮いているけど、認識阻害が効いているせいか気づく人は誰もいない。


「玲亜ちゃん、大事件になっちゃってるよ。どうするのこれ?」


「まあ、仕方がないわよね。

 穴はワタシが今夜のうちに埋めておくわ。あとは人の噂も七十五しちじゅうご日とやらよね」


「自然に廃れていくのに任せるしかないってこと?」


「そういうこと。


 それよりもユウキ、アナタ友達のところに早く戻りなさい。無事なことを伝えておかないと、行方不明で調べられたらそっちの方が面倒よ?」


「そうだね。玲亜ちゃんも早く戻りなよ」


 そうして認識阻害を掛けたまま二人、混乱した生徒でまだごった返している校舎に忍び込んだ。混乱の続く中、ボクたちはトイレで衣装を制服に変えて、しれっと教室へ戻ることに成功する。

 学校の喧噪が徐々に落ち着くのを感じながら、まだ誰もいない教室で、ボクは自分の席からライングループにメッセージを送った。


(みんな、心配掛けてごめん。ボクは無事です。教室に戻ってるよ>


 送信ボタンを押して、返事が来るのを待つ。でもその返事よりも先に、つかさくんが前の戸口から教室に飛び込んできた。


 乱雑に行く手を阻んでいる机を掻き分けて、彼が近づいてくる。ボクは立ち上がって前へ一歩、二歩。


 そしてお互いに抱きしめ合った。


 耳元を震わせる荒い息づかいが聞こえる。全力で迎えに来てくれた彼の気持ちがそこに全て込められて。


「司くん、心配掛けてごめん。全部、終わったよ」


 彼はまだ息を切らせていてその声は聞こえないけど。ボクを抱きしめる力が代わりに返事をしてくれた。



§



 激しい戦いで壊してしまった月は、学校に戻ってくる前に玲亜ちゃんとボク二人の力でなんとかほぼ元通りにできた。とはいえ細かい破片は元には戻せなかったけど。


 幸いなことに地上で被害に遭った人はなかったようだけど、ボクたちの戦いの様子はみんなの目にも留まっていた。だから騒動そのものは広く世間に知られるところとなった。

 当然破壊神としてのボクの姿や生成神としての玲亜ちゃんの姿なんかもマスコミにバッチリ流れていて、しばらくの間はワイドショーや雑誌なんかにもその姿が紹介されて、ああでもないこうでもないと正体を詮索する内容で溢れていたのだけれど。


 でも不思議と学校でボクと玲亜ちゃんのことが話題になることはなかった。あれだけ派手にやらかしていたはずなのに、何事もなく日常が過ぎるのはいくらなんでも不自然だったので、玲亜ちゃんに尋ねてみたところ。


『運動場の大穴はその夜のうちにこっそり直しておいたし、アナタもワタシも戦ってる最中は普段の格好じゃなかったから見過ごされているんじゃないかしら? 大体、自分の学校の生徒がそんなことしてたなんて普通思わないわよね?』


 なんていう答えが返ってきた。

 真理録レコードをいじって事件をなかったことにした、などということもしてないと断言していたので、この件についてはそれ以上彼女に問うこともなくなった。


 それから、月を壊した影響は多少出ているようで、天文学者が色々とコメントをしていたようだ。

 少なくともこれから数百年は流れ星の数がぐっと増えるらしい。月の軌道も少々狂ってしまったみたいだし、地球の軌道にも影響があるらしく、気候の変動とか、そんな話がテレビから聞こえてくる。

 その一方で、ボクと玲亜ちゃんはそれら予想される地球の不具合に対処し続けなければならなくなった。とは言っても実際の仕事はそれぞれの武器に丸投げのような状況なのだけど。


 そんな訳でボクの部屋には今、鎌とハンマー両方の武器が仲良く並んで空中に浮かんでる。問題対処のためには収納空間に入れていたのではだめなのだそうだ。

 玲亜ちゃんのハンマーまでうちに置いてある理由は、自宅に置いておいておばあちゃんに見つかると、自分の正体のことも含めて面倒な事になるからという。


 ボクの方はパパとママに正体を知られているからそんな事はお構いなし。むしろボクの身は大丈夫なのかと、逆に心配される始末だった。

 その流れで、ゆうきちゃんのことを二人にも話すことになった。


 それは僕が月から帰ってきた日の夜、いつもの家族報告会で。


 パパもママも例の事件について知っていて、すごく心配していた。


「ゆうきちゃん、学校で起きた事件の動画とか見たんだけど。あれ、ゆうきちゃんよね?」


 以前、破壊神をカミングアウトした時みたいに、ママの顔色がすこぶる悪い。


「……うん。そうなんだけどね、ママ。これってかなりややこしいお話で……」


「ゆうき、僕たち二人ともすごく心配しているんだ。話を聞かせてくれないかねえ」


「……うん。発端はボクの身の上に起きたことなんだけど。すごくややこしいから、分からなくなりそうだったらいつでも尋ねてね」


 そしてボクは、一連の始まりになった、ゆうきちゃんの魂による身体乗っ取り事件から話し始めた。


 ボクの記憶がないまま、学校に行って授業を受けて、そして司くんに迫った事件。そしてその対応をみんなで話し合って、事件の原因を捕らえたこと。

 その原因が、実は亡くなったと思っていたゆうきちゃんの魂のせいだったと話を続けたところで、ママの目から光るものが落ちた。


「……ママ、だいじょうぶ?」


 その様子に気付いたボクは話を止める。


「う、うん。ゆうきちゃんって聞いてね。……だめだなぁ、もう整理を付けたと思っていたのにね」


 パパの方に目をやると、こちらもなんとなく小鼻が膨らんでいて、泣きそうになるのをこらえているのが分かる。やっぱり、ゆうきちゃんはゆうきちゃんで、ボクが代わりになることなんてできないんだなって、改めて感じられる。


 そしてボクは、それをするには今が一番の機会なんじゃないかと思った。

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