間話の6 生成神ちゃんも練習する


 停止時空のままで二人、居間のソファーで並んで座っている。

 玲亜れいあちゃんはまだなんとなくぐずっているけど。それも時間とともにようやく落ち着いて来た。


「そうだ」


 ボクが一つ思い出して声を上げた。

 玲亜ちゃんが少し驚いた風でボクの方を向く。


「前に玲亜ちゃんさ、ボクが髪の色を変えていたら驚いたじゃない?」


「そういう話もあったわね」


「今からそれの練習しよう?」


「へ?」


 泣きはらした顔のまま、玲亜ちゃんの大きな目がさらに見開いた。


「破壊神の仕事を教えてくれたからそのお返しってわけでもないけど、いつまでも鴇色ときいろの髪のままじゃ落ち着かないよね?」


「認識阻害がかかってるから大丈夫よ?」


「……そうは言っても、万が一って事は……」


 ヤレヤレと言いたげな表情で、彼女は右手でサイドアップの片方をつまみ上げる。


「ないわね。それに、この色で見えてた方がアナタも良いじゃない?」


「なんでって……あ、すぐ見つけられるから?」


「そうそう」


 腕を組んで唸るボク。


「うーん、別に鴇色の髪じゃなくてもわかる、ような気がするんだよね。

 なんて言うのかな、今もそうなんだけど、分かるんだよそこにいるっていうのが」


「ああ、それね」


 思い当たる節があるようで、彼女が目を細めた。


「玲亜ちゃんも分かるんだ?」


「分かるわよ。

 そうじゃなかったら瞬間移動でピンポイントにアナタの前に現れたりできないでしょ?」


「それもそうか」


「同じ事は対であるアナタにもできるわ。というかむしろできなきゃおかしい」


 ソファーに身体を預けた彼女が、肘掛けに乗せた右手で頬杖を突きながらボクをじっと見つめた。


「でもボクの場合はピンポイントで玲亜ちゃんのことが分かるほど感度が良くないっていうか」


「それこそ練習が必要ね」


 玲亜ちゃんのそんな一言で、なぜか逆にボクの方が練習するはめになった。


 まずはじっくりとワタシの存在を感知してみてと彼女は言うのだけど、上手くできているのかもう一つはっきりしない。

 ともあれ目を閉じて、余分な感覚をそぎ落として集中していく。


「イメージを研ぎ澄ませていけば良いのかな?」


「そこら辺なんて言ったら良いのかよく分からないのよね」


「わあ、それ無責任だ」


 彼女の軽い返事に、思わずこけそうになった。


「そうは言ってもワタシは前からできている訳だし、今さら説明と言ってもね」


「念話と同じ感じ?」


「まあ近いと言えば近いわね」


 意識の一部を薄ーく伸ばして広げて行くのだけど、その時に探したい人の色々を思い浮かべていくと、そのうち絞れて来る感じだと言う。一回絞れたらそのまま維持して追尾することも必要とも。


「うーん、ここは他の人の気配がないからあんまり練習にならない気がしてきた」


「ああ、それもそうね」


 閉じていた目を片方開けて、彼女の方を目線で窺う。


「普段から練習するって事でオーケー?」


「まあ仕方がないわね」


 いつもの感じで腕組みしながら溜息交じりの彼女。ボクは立ち上がって彼女の方に向き直って、ふんすと鼻を膨らませる。


「それじゃ、玲亜ちゃんの練習しよ?」


「気が乗らないけど、仕方がないわねえ」


 そう言って玲亜ちゃんも立ち上がる。居間と食堂の間の少し広いところで二人差し向かいに立った。


「で、アナタはどうやってる訳よ?」


「玲亜ちゃんさ、生成神の衣装に替えるときってどうしてる?」


 彼女は顎に手をやって悩むような素振りを見せる。


「え?あんまり意識したことはないけど、今から生成神の仕事をするって思うと自然になってるわね」


「そっか、元々がそっちだからそれで変化しちゃえるわけだ。

 ボクが破壊神になった後初めて元の男の子の姿に変わった時さ、かなり詳細に姿のイメージをしたんだよね」


「アナタ男にもなれるの?」


 玲亜ちゃんが驚いた表情を見せた。


「見た目だけだったけどね。基本は女の子の身体だよ。

 顔とか髪とか体つきは男の子にできたけど……その……男の子のシンボルは戻ってこなかった」


 後半、自分で言っててちょっと恥ずかしくなって俯いてしまう。


「でもワタシの前ではずーっと女の姿よね?」


 彼女はそんなボクには構わずに普段通り平静に尋ねてくる。

 ボクもそれに釣られて顔を上げて答える。


「そりゃ、基本は女の子の身体だし、ボクはもう女の子の優樹ゆうきとして過ごすって決めたからね」


「別にそこにこだわる必要もないんじゃないの?」


「パパとママのことがあるしね」


 そんなボクの言葉を聞いて、彼女は返事の代わりに納得のいった表情で軽く頷いた。


 それでイメージを強く持って何になりたいってお願いする訳なんだけどね。と言いながら、ボクは男の優樹の姿を強くイメージする。

 もう元の姿の記憶もかなり朧気になってしまって、あの日姿を変えた時みたいに素早くとは行かなかったけど、無事にワイシャツを着た優樹の姿に変化できたみたいだ。


 玲亜ちゃんの表情が感心した様子に変わる。


「へえ、衣装も変わるのね、それに久しぶりね、その姿」


「玲亜ちゃん的にはこの姿の方が良かったりする?」


「もうどっちだっていいわ」


 ちょっと首を傾げて聞いてみたけど、彼女はもう興味がないのか素っ気ない。


「そか」


 そして次にボクは夏制服を着た女の子のゆうきの姿に。こちらは普段見慣れているせいで、溶け込むようにスッと変化できる。


「いつもの格好よね」


「うん」


「それにしても体つきまで見事に変わるわね」


「ここから破壊神になるとまたちょっと変わるんだけどね」


 そうして髪色は黒のまま破壊神ユウキの姿に。


「器用なものね」


「結局のところイメージ勝負なんだけどね。

 今なんかは髪は黒のままで破壊神の姿にってお願いしてる。あとちょっと胸も大きくなってるんだよ? だから玲亜ちゃんも生成神じゃなくて秦玲亜としての姿をもっと強くイメージしたらできると思うんだよ」


「秦玲亜のイメージ、ねえ」


 玲亜ちゃんはそう言うと悩んだ様子で腕を組んだ。


「……例えばこんなのはどうかな」


 と言いつつボクは更に変化していく。その変化の先に気がついた玲亜ちゃんが食い入るようにこちらを見つめている。


 変化が終わった感覚がしたので、ボクは両手でツーサイドアップの髪型を確かめる。でもその髪の色はとても暗い茶色。日に透かせば茶色っぽく見えるけれど、真正面からだとほぼ黒にしか見えないはず。


 居間の棚から手鏡を取り出して見てみた。


 髪留めはユウキの配色の髪留めがサイドアップそれぞれの付け根に一つずつ。顔つきも玲亜ちゃんに似せてつり目に。赤いアイラインは消えている。そして胸はオリジナルの玲亜ちゃんに比べればやや増量。これなら並んで立ってもどちらが本物かパッと見ただけでは分からないんじゃないかな。


 ボクは玲亜ちゃんの方に向いてニコッと笑ってみる。彼女の口はあんぐりと開いたままで、大層驚いている様子が見て取れる。


「日本人として不自然じゃない程度に茶色っぽい髪の色にしてみた。それから胸をね、少し盛ってみたよ。玲亜ちゃん最初の頃気にしてたみたいだったし」


 それを聞いた玲亜ちゃんがすごく複雑な表情を見せた。それはさておいて、くるりと振り向いてバックスタイルも彼女にじっくりと見せていく。そして肩越しに彼女に視線を送って、どうかな?と声を掛けた。

 まだちょっと渋い表情のままの彼女だったけど、構わず話を進めた。


「少し練習してみてよ?」


「ここで?」


「そう、今から」


「そのイメージっていうのが分からないのよね……」


「目の前にサンプルがいるから、その姿をしっかり頭の中に浮かべれば大丈夫だよ」


 うーんと唸りながらボクの姿を凝視する玲亜ちゃん。

 そして静かに目を閉じて深呼吸すると、髪の付け根から色が変わっていく。


 それはボクが見せた暗い栗色。そしてボディの方も少し動きがあるみたいだ。

 そのうちに髪の色が先端まで変化したところで彼女が一呼吸した。目を開くと赤いアイラインもすっかり消えてしまっていた。


 左手で髪をかき上げながら彼女が尋ねる。


「どうかしら?」


「問題ないみたいだね」


「大きい鏡はないの?」


 彼女がきょろきょろと辺りを見回した。


「大きいのは二階にしかないね」


「収納空間にそれぐらい用意しておきなさいよ」


 眉をひそめて不満そうだ。

 一方のボクもちょっと困り顔だ。


「収納って、使ったことないんだよ」


「何よそれ、それこそ練習しなさいな。便利よ?」


 そんなことを言いつつ、玲亜ちゃんが彼女の収納空間から姿見を引っ張り出してきた。


「へえ……、なかなか良いじゃない」


 姿見に映った自分の姿を見て彼女はまんざらでもないようで、満足げな表情を浮かべている。


「それなら認識阻害はいらないと思うよ」


 そうボクが評価するのを聞いているのかいないのか、くるりくるりとポーズを変えながら、彼女の手が胸元に行く。手で胸を持ち上げたりしてなにやら上機嫌な様子。

 やっぱりちょっと気にしていたんだね。


「ちょうど鏡が出たから言っておくけど、今の姿をしっかり覚えておいてね。今後変身するなら今のイメージが大切だよ。ボクはもう戻すから」


 そう言ってボクは元の姿に戻していく。今度は夏の普段着を着たボク本来の姿に。


 ボクの変身が終わったところで、彼女がボクの方を向いた。


「ありがとうね、ユウキ」


「珍しいね、お礼なんて」


「あら? 良くしてもらったお礼くらいは言うわよ?」


 少しは普段の恩返しができたみたいだ。彼女の反応を微笑ましく感じて、思わずクスリと笑みがこぼれた。


「どういたしまして。

 それじゃ、今日はこれで終わりかな?」


「そうね。時々で良いから魂の処理、お願いするわね?」


「わかった、なるべくやるようにする」


 じゃ、またね。彼女はそう言って瞬間移動でいなくなった。


「……あっ、姿見」


 ボクは呼び止めようとしたけど、もう遅かった。

 さて、この姿見を一体どうしたものだろう。


「……収納の練習を今ここでするしかないかなあ」


 収納空間自体はお願い一発で開くことができた。そして姿見を入れたり出したりして上手くできるか確かめる。


「まあこんなものかな」


 そういえば玲亜ちゃんが去って行ったのに、一向に停止時空が解除されない。なんでだろうと不思議に思ったけど、これはボクが作った停止時空だった。

 改めて時空の解除をお願いすると、景色に色が戻ってきた。

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