間話の5 破壊神ちゃんは練習する
珍しく玲亜ちゃんから念話が届いた。
夏休みの午後、ボクはパパの書斎から小説を持ちだして、誰もいない居間でのんびり読みふけっていたのだけど。
『ユウキ、今から会える?』
『今暇だし、良いけど?』
なんて答えたら、次の瞬間には目の前に現れた。パパやママがいたらどうするつもりだったんだろうね。
そんな文句を言う暇もないうちに、彼女は腕を組んで仁王立ちのまま言い放った。
「ユウキ、今から破壊神の仕事をしてもらうわ」
あまりに急な話にボクが目を白黒させていると、続けて説明があった。曰く、魂を輪廻に戻すやり方を覚えてもらって、時間のあるときで良いからちょっとずつ溜まった魂を処理して欲しいのだとか。
どれだけ溜まってるのと聞いてみたけど、たぶん数えない方が良いわよと言って教えてくれない。
ボクは外から覗かれないように外窓のカーテンを閉める。そして二人とも神の衣装に衣替えをする。
「そういえばユウキ、アナタ停止時空は出せるようになった?」
「まだやったことないんだ」
ボクがそう言うと、彼女の眉が少し上がった。
「作業をするときはまず停止時空を出すところからなのよね。そこから練習ね」
それではという事で、とりあえずお願いで停止時空を出してみることに。するといともあっさりと周囲の色がなくなって停止時空になった。
「やれやれ、相変わらずあっさりなんでもこなしてしまうわね」
呆れた風に玲亜ちゃんが言う。
「それで、ここから更に別の空間に入ってから作業をするのだけど、ワタシの場合はハンマーで空間を叩くと入り口が現れるのよね。
ユウキの場合は鎌で空間を切り裂くのかしらね? ちょっとやってみてくれる?」
そんなことを言われたので、ボクは早速鎌を取り出して何もない空間で縦に振ってみた。
「できないわね」
「単に振り回してるだけになっちゃってるね。イメージが足りてないのかな?」
「まあ良いわ。それじゃワタシの空間に入ってみて」
玲亜ちゃんはそう言うと、ハンマーで空間を叩く。すると叩いた空間に黒いヒビが入ってぽろぽろと崩れた。人一人が通れるくらいの黒い穴がぽっかりと口を開ける。
「それじゃ入るわよ。付いてきて」
「お邪魔しまーす」
「いちいちそんな挨拶要らないわよ」
そう言ってクスッと笑いながら空間の割れ目をまたいでいく玲亜ちゃん。
「いや、なんとなくね」
なんて言い訳をしながら僕も彼女の後ろに続いて割れ目をくぐった。
中に入るとそこは空中、というか上も下も真っ暗な空間。そして上空には白くぼんやりと光る雲が、眼下には雲の光を受けて波を打つ海が。どちらも見渡す限り広がっていて果てが見えない。
「ここは流転時空よ。ワタシはここで上の雲から魂を引っ張り出して下の海に散らせるの。アナタはその逆で下の水面に浮かんでくる光の粒を掬い上げて上の雲に返すのが仕事。
この空間は停止時空と同じで時間の流れの外にあるわ。今からワタシの仕事を見せてあげるから、よく見ていてね」
玲亜ちゃんはそう言うと、ハンマーをそっと雲の中に差し入れる。
遠い上空にあるように見えていた雲だったけど、玲亜ちゃんのハンマーは特に延びたわけでもないのに雲の中に突き刺さる。そしてゆっくりとのの字を描くようにかき混ぜる彼女。
回転は徐々に速度を増していって、その勢いのまま下の海面へハンマーが振り下ろされた。
ハンマーにまとわりついた淡く光る雲が、水面に落ちるや否や細かな光の粒となって水面を広がりながら沈降していく。
夜光虫のようにも見えるそれは、真っ暗な空間に幻想的な光景を作り出した。
「時々色が違っていて沈んでいかない粒が現れるの。
ほら、今もここにあるでしょ?」
そう言って彼女が指し示す先には、赤く光る光の粒が水面に浮かんだまま漂っている。
「こういうのは転生できない魂だから消してしまうのよね」
と言いつつハンマーの先で軽くつつくと、赤い光の粒は光を失ってそのまま水面に溶け込み見えなくなった。
「ユウキの方だとこういう赤い粒は浮かんでこないと思うから、鎌で掬い取って雲の方にぱーっと散らせる感じの作業になるわね」
玲亜ちゃんはそう言いながら作業を続けている。
ボクは無言でその様子を見ていたけれど、そのうちに色々と疑問点も浮かんできたので聞いてみることにした。
「玲亜先生質問です」
「はい、なにかしら?」
「作業は浮かんできた粒を全部掬い取り終わるまで続けるの?」
彼女は作業の手を休めることなく答えてくれる。
「そこら辺はやりたいだけで良いわよ。キリがないしね。
ただ15年分溜まってるからね、最初は多めに処理した方が良いかもしれないわね」
「それじゃ質問その二です」
「はいなんでしょう?」
「鎌で掬うのはどう考えても効率が悪いのだけど」
今度は作業の手を休めて、少し考えている。そしてゆるゆると話し始める。
「道具って変形できないんじゃないかしらね。アナタお得意のお願いで良い道具に変わるかもしれないけど。
確かに鎌は振り回すと危なっかしいイメージあるけど、誰もどこも傷つけたりはしないから安心なさいな」
そう言うと彼女はハンマーを肩に担ぎ上げた。次は何をするのかなと思っていたら、作業はこれだけみたいだった。
「それじゃアナタの方の流転時空に改めて入ってみましょうか」
そう言って彼女がハンマーで空間を叩くと出口が現れる。二人揃って外に出ると、そこは先ほどと同じ停止時空。
さあ今度こそ上手いこと入り口を開けてねと彼女が言う。
ボクはゴクリと唾を飲み込んで、緊張した面持ちで鎌を空間の一点に突き立てる。今度は確かに引っかかった手応えがしたので、縦一文字にスッと振るう。するとそのまま空間が縦にサクッと裂けた。
中は玲亜ちゃんの方と同じく真っ暗な空間。ただ足元は一面青白く波打つ光の塊のようになっていて、上空の雲は薄いような気がする。下からの燐光に照らされて玲亜ちゃんの姿が浮かび上がって見える。
「さっき説明した通りよ。
鎌で下の光の粒を掬って、そのまま上の雲にばらまくの。やってみて?」
ボクは言われたとおりに鎌を光にそっと差し入れる。
手応えが思っていたよりも重い。
「玲亜ちゃん、これ、重いんだけど」
「溜まってたから厚みが増えてるせいね。
底の方から一気にやろうとすると大変かもしれないわね。表面から薄く取っていけば良いから」
言われた通りに鎌を入れ直して持ち上げてみると、案外ぽろぽろと零れていく。零れた粒はそのまま下の海に落ちていくのだけど、落ちる途中で光を失うものもある。
「光を無くしてるものも現れてるわね。時間が経ち過ぎちゃったようね」
「ええ? それって大丈夫なの?」
「まあちょくちょくある事よ、魂の寿命のようなものだからあんまり気にしないで。
それに海に溶け込んだとしても、新たに生まれる光もあるわ。だから安心して」
そこからは玲亜ちゃんが見ている中、黙々と掬い上げる作業を続けた。
どれくらいの回数掬い上げたか分からないけれど、海に広がる光は一向に薄くなる気配がなかった。
そのうち彼女が終わりの一声をかけて、今日の作業は終わることになった。
鎌で出口を開けて停止時空に戻る。
「お疲れさま、ユウキ」
「一緒に並んで作業するのかと思ってたけど、これは孤独だね」
「そうね、ワタシはもうずっとやってるから慣れてるけど、それでも独りぼっちだと気が滅入るのは確かね。
破壊神がいた頃なんて、ずっと流転時空にいて時々停止時空で休むのだけど、そこから他に出た事なんてほとんど無かったしね。
それで停止時空でたまに彼に会うのが楽しみだったのに……、居なくなっちゃうし……。だからよ、だから今アナタと学校生活してるのが楽しいわけ」
「わかるよ、今なら少しは」
「分かってくれた?」
「玲亜ちゃん、大変だったね」
「大変だったのよ」
涙声で答える玲亜ちゃんがそのまま泣きじゃくり始めてしまったので驚いた。ボクは歩み寄って彼女の肩をそっと抱き寄せた。ボクの胸の中で泣き止むまで。
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