第51話 ゆめみる破壊神ちゃん


 最近、夢見が良くない。


 宇佐美うさみ君が出てきて一緒に散歩するのだけど、最初から手は繋いでるし、そのうちに良い雰囲気になって来て、ついには言い寄られてキスを。そしていつも決まってそこで目が覚めるというのをほぼ毎日繰り返し見ている。


 シチュエーションは様々で、街中で出会ってそのままデートしていたり、学校の廊下ですれ違いざまに良い雰囲気になったり、ボクの家に上がり込んで勉強会をするなど、現実ではまずあり得ないと思われる場面ばかり。


 おかげでこのところ睡眠不足気味になってしまって、昼毎のLTSGランチタイムスタディグループ勉強会でもあくびをかみ殺しつつ教えていたりして。

 そうなると当然みんなにも心配されちゃうわけで。


優樹ゆうきちゃんお疲れですね」


「ほんとにねー。最近いつ見ても眠そうだよねー」


 史香ふみかちゃんと佳奈かなちゃんが心配そうな表情を見せる。


「あ、ごめんね。最近ちょっと夜更かし気味でね」


 努めて明るく何でもない風を装って返したのだけど、めぐみちゃんはやはり鋭かった。


「なんか悪い夢でも毎晩見てるんじゃないの?」


「え、ええ?」


 ずばり言い当てられて顔にも声にも動揺が出てしまった。

 そんなボクの様子を見て、愛ちゃんのしてやったりと言いたそうな顔。


「やっぱり」


「……もう、愛ちゃんには敵わないよ」


 彼女に睨まれては返す言葉もなかった。ボクは観念して最近の夢のことを三人にぽつぽつと話していく。


「なにその甘々な夢は」


「まさかそこまで思い詰めていたとは驚きですよ」


 三人それぞれ感想を述べるけど、ボクが甘々な妄想に取り付かれてると信じて疑わないみたいだ。自分としてはそんなに甘々に溺れてる感覚はこれっぽっちもないのだけど。


「そんなに思ってるのならさー、いっそ告白しちゃえばー?」


 そんな佳奈ちゃんの突飛なアイデアを聞いて、ボクの顔は一瞬で真っ赤になった。

 照れ隠しに俯くしかなくなったボクの耳の上で、三人の激論が行き交う。


「さすがにいきなりはどうなんでしょうか」


「撃沈しちゃうとあとがヤバいよね」


「優樹ちゃんのメンタルが保つかなー?」


 なんだかもう告白するのは既定路線みたいな物言い。いやいやボクはそんな方向性は持ってないからね? 勝手に話決められても困るんだけどとか思いつつも、顔の方は火照ったままなので上げることもできずに、一方的に進む話を右から左へとただ流すだけ。

 いや、それよりなによりボクが宇佐美君のことに心を寄せてるっていうのは、あれ? 自分としては昔みたいに彼の隣に対等に立っていたいだけなんだけど。

 侃々諤々かんかんがくがく。ボクが引き続き机の上に突っ伏してるこの時にも、三人がああでもないこうでもないと議論を戦わせている。その一方でボクはだんだんと落ち着いてきた。


 ふうと一息吐いてがばっと身体を起こす。


 その動作に気を取られたのか、三人の会話が止まった。


「とりあえず、勉強会続けようか?」


 すっかり平静を取り戻してにこやかに発せられたボクの声に、彼女たちも我に返ったのかそそくさと元の勉強会の軌道に戻っていった。



§



 その夜ボクは机に向かって授業の復習をしながら、昼に考えていたことの続きに思いを巡らせていた。


 ボクの宇佐美君への想いってなんなんだろう。


 今みたいに落ち着いて考えれば、ボクはただ昔みたいに彼の隣に並んで同じ方向を向いていたいだけ。なのに彼のそばにいるとドキドキが止まらなくて落ち着かなくなる。そして連日見ている変な夢。あの夢が本当のボクの心なのだとしたら。


 ボクはボクのままゆうきちゃんという女の子として生きていくのかなと思っていたけど、実は違うのかもしれない。

 身体が女の子になったように、心も女の子になっていくのかも知れなかった。それを怖いとは感じないけど、優樹であったものが欠片も残らなくなってしまうような気がして、淋しさは感じる。



§



 その後も毎夜、宇佐美君が出てくる夢は続いた。

 内容も徐々にエスカレートしていって、ボクは宇佐美君にべったり寄り添うようになっていた。そしてその事実に途中でハッと気がついて、ボクは半ばパニックのような状態になるのだけど、その割に彼からは離れられなくて。

 普通パニックみたいになるくらいならそこで夢から覚めそうなものだけど、それができないのもなんだか不思議だった。


 まるで他人の恋を強制的に見せられているような。


 そんな夜が続いたある日のこと、特別教室で行われる授業に向かうために廊下を歩いていたら、それを遮る人の影があった。

 ボクはそれに気づいて歩みを止める。前に噂をしていた舞浜まいはまさんだった。


 彼女は腕を組んで眉をひそめてボクのことを睨んでいる。黙って通してはくれそうにないと思えた。

 少し距離を置いたまま、彼女と正対する。


「えと、舞浜さん……、ボクに何か用、ですか?」


 彼女は腕を組んだまま抑えた声で語りかける。


財部たからべさん、あなたこのところいい気になっているでしょ」


 いきなり好戦的な物言いに、意表を突かれたボクは訳が分からずにきょとんとした目で彼女を見た。

 そんなボクには構わずに、彼女は自らの言葉を繋いでいく。


「中間テストからこちら、少し目立ちすぎじゃないかって思うのよ? 毎日お昼にできるアピールして、おまけに体育祭でも。

 これはクラスメイトとしての忠告よ、あなたを良く思っていない人が結構いるわ。余計なトラブルを引き込まないように気をつけてね」


 彼女はそう言うと踵を返してそのまま特別教室の方へ足を速めた、物陰に隠れていた数人の女子生徒と共に。


「またえらくちょくに出てきたね」


 ボクの後ろで様子を見ていた愛ちゃんがそう言いながら横に並ぶ。


「ま、優樹は今まで通り堂々としてれば良いからね? あんな奴よりどう見ても優樹の方が上なんだから、自信持って」


 ボクはそれに返事を返すでもなく別のことを考えていた。


 これは面倒なことになってきたよと。

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