第52話 破壊神ちゃんのプール開き
光星高校にはなぜか50メートルプールがある。幅が10コースもあって水深も2メートル以上ある競技用の堂々たるもの。丘の上の学校なのに。
なんでも大昔に国体の会場になったことがあるとかで、その名残だという。
そのおかげかここいらの高校にしては珍しく、水泳・水球部なる部活があったりして、ゴールデンウイーク明けには早くも青い顔をしてプールに浸かって練習している部員達の姿を見ることができる。
見るからに寒そうなその姿は見ているこちらも痛々しさを感じるほどなのだけど、珍しい部活のせいで毎年県大会を飛び越して地区大会に選手を送り出していたりする。
そんな部活のことはさておき、季節は梅雨入り一歩手前になって水温もようやく上がってきて、いよいよ体育の授業もプールを使う事になった。
男子は50メートル泳ぎ切るのが義務で、泳げなければ補習だという。女子は横に泳ぎ切ればOKで、こちらは半分の25メートル。一応女子にも補習はあるらしいけど、引っかかる人はあんまりいないと聞いている。
そして、ボクにも初めて女性用水着を着る日がやって来た。
一応おうちで着替える練習はした。でも素材の都合もあってなかなか窮屈だ。男の子だったなら家から水泳パンツを履いてくるという手も使えるけど、女子はワンピースタイプだからそんな事ができるはずもなくて。
なによりやっぱりその、胸がキツい。そんなに大きい方でもないとは思うのだけど。
当日の朝、長い髪は邪魔になるだろうからって、朝からママが結い上げてくれた。登校したらいつもと違う髪型に
「おはよう
「おはよう
「おはようさーん。おーすごいね優樹ちゃん、見違えたよー」
「おはようございます。雰囲気がすっきり軽快になりますね」
皆の評価も上々みたいで、これから暑くなる季節だし結い上げちゃうのも涼しくて良いかななんて思ってみたり。
§
プールサイドに建てられた二階建ての管理棟の中に水泳専用の更衣室がある。
ボクは愛ちゃんや
「ごめんね。手際が悪くて」
「いいってー。たまにしかない事だしねー」
「それにしてもうらやましい身体しとるねー」
「愛ちゃん、その言い方はおっさんみたいだよ?」
「よいではないかーよいではないかー?」
「おっさん通り越して悪代官になった!?」
愛ちゃんたちに着替えのたびにいじられてるので、ボクもそろそろそういうノリには慣れてきていた。慣れ過ぎちゃうのもなんだかマズい気がするけど。
そんな風にからかわれながらもなんとか時間内に着替えを終わらせて、冷たいシャワーを浴びてプールサイドに並ぶ。
普段の体育だと二クラス合同の上に男女別の内容だけど、プールの時は男子も同じく水泳授業になる。その代わり二クラス合同ではなくて四組だけの授業に変更されていた。
女子は管理棟側に集まっていて、男子は女子とは逆サイドに集まっている。
そしてやはりというか、男子から得も言われぬ視線が届く。
授業の方は中学の頃と同じ感じで進む。
最初に準備体操をして体をほぐす。それから泳げる人と泳げない人に分かれて、それぞれに課題をこなしていった。課題と言っても泳げる組はコースを横断するように勝手に泳いでるだけで、特に指示とかはなくて。
ボクも久しぶりに泳ぐし、なにより女の子になってからは初めての水泳で、ちゃんと泳げるかどうか心配してたけどそれは杞憂に終わった。
ごく普通に25メートル、苦しさも感じずにのびのびと泳ぐ。ターンもいつも通り。むしろ今のほうが身体の動きはスムーズで、やっぱりこの身体はスペックが余ってる感覚がしてしょうがない。
15分ほど泳いだら水から上がるように指示が来た。ちょっと早いねなんて思ってたら、今から男子が50メートルを泳ぐそうだ。
女子よりもかなりダイナミックな水しぶきを立てて男子が続々と泳ぐ。
一発で危なげなく泳ぎ切る人もいれば、途中で立ってしまって悔しがる人もいる。
宇佐美君が飛び込んだ。
彼は水泳もそつなくこなす。さすがに水泳部の人たちほどではないけど、遜色なく50メートルを泳ぎ切ってプールから上がっていった。
上がるときに女子から少し歓声が漏れていた。やっぱり彼のことを気にしている人は多いみたいだ。
学年2位の頭脳に運動もできてなんて、どう見たって彼氏にしたい男子ナンバーワンだものね。
そんな風にすこし意識を飛ばして宇佐美君を目で追いかけていたら、見学していた史香ちゃんから声が掛かった。
「やっぱり宇佐美君は違いますね」
「そ、そう?」
思ってもみなかった問いかけに虚を突かれた。
いつの間にか隣に来ていた佳奈ちゃんと愛ちゃんも口々に。
「だよねー。あれはどう見ても格好いいが制服着て歩いてるっていうかさー」
「今の他の女子の反応見たでしょ優樹? あんたあれらに勝たなきゃいけないよ?
まあ、優樹も他に負けないハイスペックだから、きちんとやれば大丈夫だけどさ」
「う、うん」
ボクはその次に続く言葉を飲み込んだ。
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