第50話 スマートフォン・ライセンス
カラオケ女子会の翌日。
「今日はパパに……ママもかな、お願いがあって」
いつもの夕食後の報告会で切り出した。
「ボクもスマホが欲しいんだけど、ダメかな?」
パパはしばらく考えていたけど、ママに目配せをしてお互い軽く頷き合ってから口を開いた。
「プリントが全部終わったみたいだし、中間テストの結果も良かったからスマホを持つ事に問題はないと思うねえ」
「ママとしてはゆうきちゃんも持ってくれてた方が助かるんだけど、言い出さなかったから必要ないのかと思ってたよ」
「やっぱり友達との連絡には欠かせないのかねえ?」
パパの言葉に頷く。
「……うん。
日曜日に遊びに行ったときも、一人だけ待ち合わせに付き合わせる形になっちゃったし。それに連絡だけじゃなくて写真を撮って残したりもしたい。ボクがそこにいたこと、何かに残しておきたい」
「そうなんだねえ。
ただね、パパが心配してるのはそれにかまけっきりになってしまう事だねえ」
「ゆうきちゃんが持ってくれていると、迷子になってもすぐわかるし。ママとしては持つ事に賛成なんだけど。でもママもパパと同じ意見ね。かまけっきりはダメ」
ママの一言に、ショッピングモールでの出来事が新鮮に思い起こされる。
あれは本当にまずいことをしてしまったと、未だに時々思い起こされては気が重くなる。
「ショッピングモールのあれは……その、ごめんなさい」
そう言ってボクは身体を縮める。
その様子を可哀想に思ったのか、パパが話を前に進めてくれる。
「まあまあ、それはそれとしてだねえ。
ゆうきがきちんと約束できるのなら、スマホを持つ事にパパもママも反対しないねえ」
「じゃあ」
パパの前向きな返事に安堵して、ボクは明るく顔を上げた。
「今度のお休みの日に契約しておいで、と言いたいところだけども。そうか、身元証明が必要だねえ。少し調べておくねえ」
こうしてボクもスマートフォンを持つことができることになった。
機種を何にするか良く考えなくては。
§
次の日曜日、パパと一緒にスマホの契約に出かけた。
調べてもらったところパパの名義で契約すれば良くて、あとは使う人としてボクの名前を登録するかどうか。契約者ではないので学生証があれば使用する人の登録はできると聞いた。
パパの車に乗って、近所のショッピングセンターにある携帯ショップに出向く。
ボクが男の子の頃もスマホを持っていた。高校合格と同時にそのご褒美のような形で買ってもらった物だった。そのときはゲームをしたかったから一番のハイスペックかつ大画面の機種で、お値段も結構な金額だった記憶がある。かなり駄々をこねてその機種にこだわった思い出があった。
そして当然、このショップにもその機種は置いてあって。ひときわ目立つ場所にそれは陳列されていた。
手に取ってじっくりと確かめる。
大きい。
女の子になっても身長はほとんど変わっていないけど、手とか足のサイズは一回り小さくなってるので、この機種だと常に両手操作するしかなさそうだ。というか、他のほとんどの機種でも片手操作ができなくなっていた。無理に指を伸ばせばできそうな機種もあるにはあるけど、指がどうにかなってしまいそうで早々と諦めが付いた。
結局両手操作前提ならどの機種でも同じって事になって、あとは形と色、スペック勝負。
前みたいにゲームする気になれるかな……? どうだろう?
実際のところこの1ヶ月ちょっとの間、ゲームとは一切無縁の生活をしていた。
男の子時代にあれほど渇望していたゲームへの情熱も、今はすっかり
今度は多分友達との連絡が主な目的になりそうだし、でもこの間のカラオケの様子を見ているとカメラの性能は良い方がいいみたいではあって。
それに、男の子時代のボクが生きてきた15年分の記録が今はもうどこかに消え失せてしまっている事が、実はずっと引っかかっていて。
ボクの身に何かあればまた消えてしまうのかも知れないけど、それでも『今』の記録をできるだけ残しておきたいとそんな事を考えている。
なんて思いを巡らせていたら、パパが後ろから問いかけてきた。
「ゆうきは、それが良いのかい?」
「うーん、実は迷ってて。カメラがきれいに写るのがいいかな、とか」
「どう使っていくかまだ分からないだろうし、機能が高いもので良いと思うねえ。大は小を兼ねると言うしねえ」
結局、男の子時代に使っていた機種の色違いになった。
以前の機種はブルーメタリックだったけど、今度のはパールホワイト。
ブルーでも悪くはないけど、どこか暗い感じがした。男の子時代なら渋いと感じていたと思う。何かが少しボクの中で変化している。たぶん。
セットアップを待つ間に機種に合ったブック型ケースも購入して、ついに手に入れたスマホ本体と共に家路に就いた。
家に帰って、パパとママとで連絡先の交換。ラインのグループも作って、これで家族同士の連絡も簡単になるねと笑い合う。
「でも、毎晩の報告会は直接お話ししたい」
「それはもちろんだねえ」
「ママもゆうきちゃんのお話、毎日楽しみだからね」
男の子時代、こんな風に家族で集まってその日のできごとを伝え合うことなんてなかなかなかった。今はこれをしないと逆に落ち着かなくて。ゲームへの情熱が冷めてしまった事もそうだけど、人間変われば変わるものだねと深く感じた。
今の状況はたぶん昔よりもずっと良いと思える。この生活が始まってまだ二ヶ月も経っていないけど、本当にそう実感していた。
§
翌日、月曜日。ボクはさっそく
「わっ、大きいねこれ」
最初に反応してくれたのは
貸してみてと言って手にとってしげしげと見ているのは
「画面きれいだねー。あ、カメラ三つも付いてるよーこれ、すごいねー」
「最上位機種ですねこれ、ゲームも捗るでしょうね」
冷静に機種の指摘をしてきたのは
「史香ちゃん、ゲームやるんだ?」
「そうですね、いくらかは。優樹ちゃんはしないんですか?」
「んー、ボクはやらないかな。
家にもゲーム機とか一切ないし、興味が出なくて」
「そうなんですね」
佳奈ちゃんがスマホをボクに返してきた。
「ねー、連絡先交換しようよー」
「そうだね、今のうちにやっちゃお」
とりあえずラインのID交換ということでボクがQRを表示させて、他の三人はそれをアプリで順番に読み込ませていく。
画面上部に表示されるトーストと、そのたびにキンコンと鳴る着信音。三人分鳴ったところでまとめて登録。できた。
既にいろいろとグループもできているらしくて、そっちにも招待してもらった。早速メッセージがあちこちから飛んでくる。これはなかなか忙しいことになりそうな予感がする。パパとの約束通り、かかりっきりにならないようにきちんと線引きしないといけないね。
それから、他にみんなスマホでどんなことしてるのかって言う話になった。
人によってインスタをやっていたりツイッターをやってたり色々あるらしいけど、それぞればらばらに好きなことやってるみたいで、申し合わせてやっているのはラインだけ、みたいな感じらしい。
ともあれ、こうしてボクはスマホデビューをつつがなく終えることができた。
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