第45話 パワー対決


 ボクが松崎まつざきさんの代理で出ることになったもう一つの競技、それは紅白対抗綱引き。


 これは奇数クラスを白組に、偶数クラスを紅組として、1クラス当たり4人ずつ選手を出して、一年生から三年生までの混成で紅白それぞれ48名ずつのチームを作って綱を引っ張り合うというもの。

 一年四組からは本当なら大橋おおはし君とボクを含めた男子2人女子2人が出場するはずだったけど、大橋君が欠場したのでこちらも急遽代理が立てられた。宇佐美うさみ君ではないけどね。



§



 入場待ちの待機列に並んで大縄がグラウンドに敷かれるのを待っていると、白組の方に見慣れた鴇色ときいろの頭が見えた。


 え? 玲亜れいあちゃんもこの競技に出るんだ。


 他の出場者の間で見え隠れする鴇色の髪を追いかけてたら、ふとした瞬間に彼女と目が合う。それまで隣にいた女子と楽しそうに話をしていた彼女、でもボクと目を合わせたとたんにその顔はいつもの不敵な笑みを見せた。

 目に飛び込んできた久しぶりのその表情に、ボクは不穏な空気を感じた。たぶん、彼女は何か企んでる。


 綱引きとは結局のところ力と力の激突に他ならなくて。そして玲亜ちゃんがボクも競技に参加することに気がついて、その上あんな表情を見せつけてきた。それはまだ一つの可能性に過ぎないけど、彼女が持ち前のパワーを遺憾なく発揮して勝ちに来る可能性が高くなったと考えるのが妥当だろう。

 もちろんごく普通に綱を引くだけかもしれないけど、警戒だけはしておかないといけないかなと思った。それにむやみにパワーを使われたら、最悪の場合けが人がたくさん出てしまいそうだ。もしそんな事になったら体育祭どころではなくなってしまう。


 ボクは覚えたばかりの念話を使って彼女に真意を尋ねてみる事にした。


『玲亜ちゃん、聞こえる?』


 やや間があって返事が返ってきた。


『ユウキ、どうしたの?』


『競技前にごめんね。どうするつもりなのかなって思って』


『どうするって、何を?』


『綱引きだよ。何か企んでないかなって思って』


『やあねえ。なにも企んでなんかないわよ。ただ、勝利は白組の物よ』


『それって、勝つためには手段を選ばないって事?』


『まあ、やれることはやりましょうって事よね。あ、もうすぐ始まるからまたね』


 念話は彼女の方から一方的に切られた。


 ってことは、どれほどかは分からないけどパワーを使うに違いなかった。いつ仕掛けてくるかも分からないけど、いつでもパワーを出せるようにこちらも準備して臨むことに決めた。



§



 縄の両側に参加者が整列して準備が整った。ボクの位置は紅組の真ん中ら辺。

 位置に付く合図と共に全員が一斉に縄を掴んで、次の合図を待つ。


 用意のかけ声と共に、紅白双方共に綱を軽く引いてテンションを掛ける。そして力が釣り合ったところで号砲が鳴った。


 音と同時に綱に更なる力が掛かる。とはいえそれはあくまでも人間の力によるものなのが見ただけで理解できた。ボクは周りの呼吸に合わせて綱を引く。引き切ってしまえばもっともっと力は出るけど、今の状況は玲亜ちゃんも常識的な範囲で引っ張っているだけ。こちらも突出しないように慎重に力を加減する。


 成り行きに任せる形で、綱の行方を追いながら力を込める。どうやら徐々に紅組が優勢になっているみたいで、ボクの立ち位置がだんだんと後ろに下がってきた。


 今のところ普通の綱引きをしているように見えた。僕はパワーを使わずに済んでいるし、そして紅組が優勢だ。こうなると玲亜ちゃんがパワーを使っていないのも明白で、おとなしくこのまま終わるのかと思った。だけど。


 もうちょっとで一回目の決着が付くかと思われた場面、綱のテンションがさらに上がり、急激な力の変化に同調してばたつく。紅組の前方で綱を掴んでいた数人がそのばたつきに耐えきれずに手を放してしまった。一気に引き戻されそうになる。後方で焦る声が上がる。そして観衆からも驚きと落胆の声が沸き起こった。


 玲亜ちゃんが力を込めたと理解した。完全に引きずられるところまでは崩れていないので、たぶん彼女もやたらに引っ張っているのではないんだろう。でもこのままではいずれ紅組が総崩れになって危険だ。

 ボクは体勢を低くして足を踏ん張り、引っ張りに耐える。足底がスリップしないように注意してパワーを調節しながら綱の移動を徐々に止める。


 そうして数歩進んだところで綱は再び均衡を取り戻した。


 歓声と拍手が沸き起こる。弾き飛ばされていた紅組の引き手も綱に再び取り付いた。だけど綱はそれ以上一歩も動かず、ついに審判の手により時間切れとなった。


 判定は白組の優勢勝ち。

 グラウンドが拍手と歓声に包まれる。だけどまだ競技は終わっていない。これからサイドを入れ替えてもう一戦するのだから。


 綱の右側に立つ出場者が回れ右をして、左の列から綱に沿って走り出す。前方からは白組のメンバーが綱を挟んで反対側を走ってくる。お互い右手を出してタッチしながらすれ違う。そのうち玲亜ちゃんが見えてきて、そしてタッチして別れる。

 玲亜ちゃんの表情はやっぱりどこか得意げだった。


 サイドを入れ替えた後、改めて綱を掴んで全員準備に入る。この回、玲亜ちゃんはどんな手で来るんだろう。完全勝利を目指して一気に出てくるのか、それとも先ほどと同じように逆転で来るのか。



§



 号砲が鳴って二戦目が始まる。

 今度は白組がやや優勢で始まった。じわじわと引き寄せられる紅組。先ほどの一戦で紅組の力が落ちているのは明らかだ。ボクは均衡を目指して力を入れる。でもさすがにボクの力だけではここから逆転は無理だ。周りにも声を掛けて力を合わせないと。


 「紅組ー! もっと体勢下げてー! 腰、落としてーっ!」


 思わず叫んでいた。自分でも驚きの行動。でもそれに何人かが確かに応じてくれた。浮き気味だった綱が低く這う。


 「タイミング合わせて引くよーっ! そーれ!」


 ボクのかけ声に合わせて綱のテンションが上がる。みんなの息に合わせて、ボクもそっとパワーを掛けていく。止まっていた綱がじわり、じわりと手繰り寄せられ始めた。

 ところが、ある程度戻したところでピタリと綱が止まってしまった。

 玲亜ちゃんがパワーを掛けてきたようだ。たぶん彼女は綱のポジションを知っているんだろう。ボクの立ち位置から見るに、まだ白組の判定勝ちを狙える位置に付けているに違いなかった。

 ここからさらにパワーを入れて勝ちに来ることは、彼女の性格から考えても容易に想像できる。となればその一瞬先を読んで先に仕掛けて、一気に決着を付けるしかない。時間切れ判定が下る直前、タイミングはそこと決めた。


 ボクは前後のメンバーに伝える。


「時間切れ直前に仕掛けます。ボクが合図したら一気に引っ張って」


 伝言ゲームで前後に指示が伝わっていく。そして審判が時計に目を落とした。


「紅組ー! 引いてーっ!」


 ボクの声で紅組から雄叫びが上がる。ボクもパワーを込めて引いた。

 綱がズルッと動き、均衡が崩れる。浮いてしまえばあとはとにかく引くだけ。玲亜ちゃんの踏ん張りが効く前に決着させる!


 一戦目とは真逆の景色になった。紅組の逆襲で動いた綱は、既に限界だった白組の手を振り払って手繰り寄せられる。さすがにこうなってしまっては玲亜ちゃんの手にも余る状況。そのまま勝利ラインを割り込んで号砲が響き渡った。


 紅組勝利!


 手を取り合って喜ぶ紅組のメンバー。アンカーを勤めていた上級生の男子はへばってぶっ倒れていた。白組の方は肩を組んで労う人、呆然と立ち尽くす人など様々。


 こうして一勝一敗で、白熱した今年の綱引きは終了する事になった。



§



 退場門から応援席に戻る途中で玲亜ちゃんに声を掛けられた。

 二人、その場で立ったまま会話を交わす。


「なかなかやるじゃないの」


 どこかスッキリした表情で話しかけてくる。


「玲亜ちゃんこそ。加減が上手いよね」


「ちょっと様子を見すぎたかもしれないわね。でも楽しかったわよ」


 そんなふうに喋りながら、顔はかなり爽やかな微笑みを浮かべてる。

 一方のボクはちょっと困った顔で続ける。


「ボクは崩されないかヒヤヒヤしてたけど。

 ほら、やっぱりけが人とか出ちゃったらマズいし」


「アナタそんな事考えてたの? 何よその余裕」


 微笑みからコロッと表情が変わって少しばかり眉尻が上がる玲亜ちゃん。


「余裕なんてないよ。けが人が出ちゃうとせっかくの体育祭がシラけちゃうしね」


「ふうん、そんなものかしらね。

 そうそう、今度はフルパワーでどう?」


 そう言って玲亜ちゃんが目を細めてニヤッと笑った。


「ええー。もう戦うのはイヤだよ」


 ボクは両手を口の前で合わせて少し上目遣いで答えた。


「ふふ。でもワタシは破壊神のこと、諦めたわけじゃないから。覚悟しときなさいよ?」


 そんなセリフを残して、彼女は一組の席に消えていった。

 ボクはまだまだ玲亜ちゃんのターゲットにされている事に改めて気づかされて、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る