第44話 さらに代走!ぶっつけ本番体育祭


「ええ? 大橋おおはし君が体調不良で欠席?」


 朝のホームルーム冒頭、めぐみちゃんから衝撃の事実を聞かされた。


「そうなんだって。昨日食べたものが当たったとかでお腹を盛大に壊したらしいよ。

 それで男子は代走が出ることになったんだけどさ」


 混合リレーは棄権できない競技。

 ホームルームでもクラス委員から大橋君の欠席が伝えられて、誰が代わりに出るか多少の話し合いがあった。そしてボクと一緒に走ることになった男子は予想を遙かに超えた人だった。



§



財部たからべさん、僕が走ることになったよ。よろしくお願いするね」


 そう言ってボクの前に立ったのは、宇佐美うさみ君その人だった。


 まさかのまさか。

 あまりのことにボクの頭はちょっとしたパニック状態になって、簡単に挨拶するのもやっとで。


「は、はい。あの、よろしくお願い、します」


 それだけを口に出して、それっきり無言になってしまう。

 多分顔は真っ赤になってる。宇佐美君にもそれは見えてるはずなんだけど、彼は気にしていないのか何食わぬ顔で話を続けていく。


「それでさ、初めてだしちょっと練習しておきたいんだけど、いいかな?」


 そんなふうに語りかけてくる彼の顔が、ボクの手の届くところにある。

 男の子時代にも見ていた少し色素の薄い、茶色の瞳が僕の目を見据えてる。絶対にそれはあり得ないのだけど、ボクの正体を見抜かれそうな、そんな真っ直ぐな瞳。

 そんな瞳を前にして、ボクは息を継ぐこともままならなくて、消え入りそうな声を出す。


「は、はい、大丈夫、です」


 そうして早速校舎の間のスペースで試走することになった。



§



「スタートのタイミングなんだけど、どっちが取る?」


「あ、あの、宇佐美君からで大丈夫、です。わ、わたしが合わせますから」


 緊張のあまり、普段使わない言葉まで飛び出た。


 そんなガチガチの緊張した中でも、試走は一発でタイミングが合った。走行ピッチもすんなりと息が合う。自分でも驚くほどだけど、七年間すぐ隣で一緒に駆け回っていた経験がまだ生きているのかな。


 数回走るうちに本番でも上手く行きそうな予感がして来て、ボクの緊張もほぐれてきた。

 トラックではないからごく短い距離しか走れなかったけれど、手応えは大橋君の時以上にあった。



§



 その時が来て、いよいよ始まるリレー競技。


 走る順番は一年生、二年生、三年生の順番。

 彼の右足首とボクの左足首がしっかりと結わえられてスタートラインに立った。各チームの一年生走者8組が同じようにスタンディングスタートで並ぶ。


 LTSGのメンバーから声援が飛ぶのが見えた。



そして号砲が響く。



 取り決め通りに宇佐美君の合図で足を踏み出す。


 タイミングに寸分の狂いもなく右、左と蹴り出される二人の足。即座にトップスピードに乗って、二人一体になって何かに引かれるように前へ、前へ。


 出だしこそ少し後れを取ったけど、第一コーナー手前で早くもボクたちの前に他の組はいなくなった。

 そのまま危なげなく第二コーナーもターンして、ホームストレートへ滑り込む。


 揃った足並みは最後まで崩れることなく、ボクと彼をリレーゾーンへと導いた。


 大歓声の中、一位トップでバトンを二年生の走者に渡す。



§



「優勝おめでとーう! でもさあ、なんなのあのスピード。独走よ!」


 四組の応援席に戻ってきたボクを待っていたのは愛ちゃんのそんな一言だった。


「そんなに速かった?」


「速いなんてもんじゃないって。聞こえてたでしょあの大歓声。あれみんなあなたたちに向けられてた声援だよ」


 どうやらボクと宇佐美君のペアはこれまでの体育祭の歴史の中でも一番速い方に属するらしく、一年生組の中ではもちろん、その後に走ったどの上級生よりも速かったみたいだった。


 離れたところに立つ宇佐美くんの様子を見ると、男子生徒から次々に祝福を受けていた。


 それは女子と違って手荒い祝福。でもそのせいで独特な連帯感を感じる祝福。ちょっと前まではボクもあんな祝福に囲まれていたのに。


 そこに見えていたのはもう戻れない居場所。


「ねえー、優樹ちゃん大丈夫ー?」


 その声にハッと我に返った。


「あ、佳奈かなちゃん。うん、大丈夫だから」


 ボクの今の居場所はこちら。女の子同士いたわりに満ちた場所。少し難しい場面もあるけれど、それでも。


優樹ゆうきちゃん今さあ、宇佐美君のこと見つめてたでしょ?」


「なあにー? 優樹ちゃんてば宇佐美君のこと気になるのー?」


 口々にツッコミを入れてくる愛ちゃんと佳奈ちゃん。女の子は男の子とはまた違った容赦のなさがあって。


「え、そんな事ない、よ?」


 なんて明らかにしどろもどろな返答をしてしまえば、ボクは格好のターゲットに早変わり。

 悪意がないのはよく分かるのだけど、この辺の対応はまだやっぱり慣れないね。


 でもいまだに一つ気になるのは代走者が宇佐美くんと分かったときの、ボクのあの反応。どうしてあんなに緊張して、どうしてあんなにドキドキしたのだろう。


 ショッピングモールで彼を追いかけたときにも感じた、妙な動悸だった。

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